この人を見よ

[題名]:この人を見よ
[作者]:マイクル・ムアコック


 マイクル・ムアコック氏はヒロイック・ファンタジーの分野で知られる作家さんで、永遠に戦い続ける宿命を負わされた英雄を描く〈エターナル・チャンピオン・シリーズ〉が代表作ですね。本書はそのムアコック氏による時間SFであり、キリスト教のルーツというデリケートな題材を扱った物語です。
 氏は作家としてだけでなく雑誌編集長としても辣腕を振るわれた方で、一九六〇年代に巻き起こったニュー・ウェーブSF(純文学寄りのSF)ムーブメントにも一役買っているようです。『この人を見よ』もニュー・ウェーブSFに属し、主人公の内面に焦点が当てられています。

 モラトリアム青年カール・グロガウアーは、知人の物理学者が発明したタイム・マシンに乗り、一九七〇年から紀元二八年へと時間旅行をしました。しかし、目的の時間へ到着した直後にタイム・マシンは壊れてしまい、怪我をしたグロガウアーは気を失ってしまいます。
 目を覚ましたグロガウアーは、自分がマケラス(死海の東岸)近隣の荒野で暮らす共同体に命を救われたことを知ります。彼等のリーダーの名はヨハネ、洗礼者でした。
 グロガウアーが見たこともない鉄の戦車に乗って現れたことから、ヨハネは彼が魔術師(メイガス)なのではないかと考えている様子でした。グロガウアーは自分をエジプトからやってきたエマニュエルだと名乗り、ナザレ人のイエスを知らないかと尋ねます。しかし、ヨハネはその名を知りません。
 グロガウアーは落胆しつつも、洗礼者ヨハネの率いるエッセネ信徒の元に留まり、行動を共にすることにしました。ヨハネは筋金入りの革命家で、グロガウアーは彼に敬意を抱くようになります。
 しかし、預言にある魔術師なのだと思い込んだヨハネの期待に、グロガウアーは応えることができませんでした。彼の下を逃げ出したグロガウアーは、放浪の果てに遂にナザレへと辿り着き、大工ヨセフと妻マリアの息子イエスに出会うのですが……。

 本書の注目ガジェットは、タイム・マシンです。
 外形は球状で、描写はありませんがおそらく二~三メートルぐらいかと思われます。内部はミルクのような液体で満たされていて、登場者はゴム製の服を着込み、ホースの付いたマスクを通じて呼吸します(胎内の暗喩?)。
 このタイム・マシンは物理学者ジェームズ・ヘディングトン卿の発明したばかりのもので、有人タイムトラベルはグロガウアーが初めてです。ウサギでの動物実験により、時間旅行には強い衝撃が加わることが判明しており、タイム・マシン内部の液体はその衝撃から乗員を保護するためのものですね。しかしながら、対策むなしくタイム・マシンは壊れてしまい、グロガウアーも怪我を負ってしまうのですが。
 もっとも、タイム・マシンそのものは作中であまり大きなウェイトを占めてはいません。本書におけるタイム・マシンの位置付けは、あくまで二十世紀人グロガウアーを過去の時代へ送り届けるための道具に過ぎない訳です。

 お話は紀元二八年の物語の合間に、グロガウアーの過去の出来事をフラッシュバック挿入する形で進行していきます。(分量的には、こちらの方が多いかも?)
 主人公のカール・グロガウアーは逃避傾向が強く、非常に内罰的というか、自己を卑下する性格をしています。「自分は駄目な人間だ」と言い続け、その結果本当に駄目人間になっていくという厄介な人物ですね(^^;)
 自分を愛してくれる女性へ粗暴に振る舞うことでその愛情を試そうとし、結果愛想を尽かされてしまったり、幾度も自殺未遂を繰り返したりと(本当に死ぬつもりはない模様)、身近にいたら大変そうです。それほど酷い境遇ではないように見えますが、自分では不幸だと感じています。
 彼が史上初のタイムトラベルの対象としてキリスト教発祥の地/時を選んだのは、強い信仰心や科学的探究心によるものではなく、複雑に屈折した感情からのようです。
 好青年とは到底言いがたいですけど、かなり味のあるキャラクタですね。

 展開に偶像破壊的な側面があるために、本書はしばしば冒涜的と受け止められることもあるようです(この辺りもムアコック氏が意図したことだとは思いますけど)。
 そうした角度からの評価は他の方にお譲りするとして(^^;)、SFとして興味深いのは歴史として伝えられるものとの整合性です。事実がどのように歪められ聖書となったのかというシミュレーションとして、なかなか考えさせられるものがあります。
 受け止め方は様々ですが、読者を引き込むパワーを持った作品であることは間違いありません。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    この本はわくわくしながら読めたのですが、最後、キリストの復活のところはどう料理するんだろうと思っていたら、あっさりスルーして終ってしまったのでちょっとビックリでした。タイムマシンを奇跡的に直してとか(直りそうにないですが)、救助が来てとか(来そうにないですが)、復活のエピソードはSF的な料理のしがいはあると思うのですが、ムアコック氏はそこには興味がなかったのでしょうかね・・・
    2015年11月08日 04:00
  • Manuke

    ストーリー的にはこの終わり方が相応しいと思いますが、SFとしてはちょっともったいない気もしますね。
    まあ、わざわざグロガウアー君を助けたいと思う者はいそうにないですけど(^^;)
    (事後に、証拠隠滅のため何らかの手段で回収、というのはアリかも)

    復活ではないですけど、ゴルゴダの丘のパロディでは『造物主の掟』がなかなか面白い味付けでした。
    2015年11月10日 01:14

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