自由未来

[題名]:自由未来
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 本書はSFビッグスリーのお一人ハインライン氏による、人種問題を絡めたポストアポカリプスSFです。
 迫り来る社会の破滅(特に核戦争)に対し、シェルターへ食料その他を備蓄して、自分達の力だけで破滅後を生き延びられるよう備える人々をサバイバリストと呼びます。本書の主人公ヒューはまさにこのサバイバリストで、非常にバイタリティに溢れているのですが、少々アクが強いキャラクタでもあります。
 しかし、訪れた核戦争の後に待っていたのは、そのヒューですら予想だにしなかった世界だったのです。

 米ソの対立が深刻化しつつある晩――。カリフォルニアのマウンテン・スプリングズにあるファーナム家には、家長のヒューバート・ファーナム(ヒュー)、妻のグレイス、息子で弁護士のデューク、娘のカレンとその学友のバーバラ・ウエルズ、そして黒人ハウスボーイのジョゼフ(ジョー)の六人がいました。
 グレイスとジョーを除く四人がカードゲームのブリッジを楽しんでいる間も、ヒューは携帯ラジオで緊急放送を聞き続けていました。デュークはその不作法を咎めますが、しかし事態はヒューの危惧していた通り、核戦争へと進展したのです。
 あらかじめ準備がされていた核シェルターへ避難し、ミサイル攻撃をやり過ごした一行。しかしその翌日、外へ出た彼等を出迎えたのは核兵器で荒廃した都市ではなく、緑溢れる自然でした。
 何が起きたのか分からないヒュー達でしたが、周囲の地形からそこが間違いなくマウンテン・スプリングズであることも判明します。ミサイルのせいで別の並行世界へと飛ばされてしまったのではないかとバーバラは推測を口にするものの、真相は不明のままでした。
 そうした議論は取りあえず棚上げにして、ヒューは備蓄が尽きる前に生活基盤を整えることを目指します。誰の助けも得られない中、彼等は苦労を重ねながら次第に団結していく――かに見えました。
 けれども、ある悲しむべき事態を契機に、デュークとグレイスは離反することを選びます。ところが、二人がヒューの元を去ろうとしたその日、他の人間が乗った飛行機械が姿を現し、全員を捕縛してしまいました。
 そしてヒューは、真実を知らされることになります。そこは並行世界ではなく、黒人が白人を隷属させるようになった二千三百年後の未来だったのです。

 本書の注目ガジェットは、未来の社会構造です。
 作中の世界では、核戦争により西洋文明が一旦滅んだ後、アフリカから新たな文明が誕生したとされています。この結果、黒人が主人で白人が奴隷となる、近代とは逆転した構図が生まれている訳です。
 この未来では、〈選民〉たる黒人の支配は絶対的で、下僕である白人には反乱の意思すら奪われているようです。有能な下僕男性にも昇進の機会はあるものの、高い地位に就く為には去勢が強いられることになります。また、下僕女性は下卑と呼ばれ、地位どころか名前すら与えられません。
 〈選民〉の社会では、権力は男性にありながら、世襲は女系を通じて行われます。権力者の後を継ぐのはその男性の子ではなく、姉妹の息子(甥)となります。いわゆる母系制に相当するものでしょうか。
 後半になって明らかになるショッキングな風習もあって、総じてあまり居心地の良さそうな未来社会とは言い難いですね。ただ、ヒューの内省にある、「このもらい泣き屋たちの大部分は、黒人の地位が彼らとほとんどおなじ高さになること――そして、もはや彼らの良心の負担ではなくなること――を望んではいるが、その立場が逆になりうるという観念には、感情的に反撥するのだ」という二十世紀アメリカ社会への痛烈な指摘を体現したものであり、ハインライン作品の中でもかなりメッセージ性の強い部分と言えるかもしれません。

 主人公ヒューバート・ファーナムは、五十代ながら行動力があり意志の強い男性ですが、個人的にはあまり好きになれないキャラクタです(^^;)
 理屈よりも行動を好み、自由を何よりも尊び、やや独善的な部分はあるものの不屈の人物――といった造形はハインライン作品の主人公としては典型的なものですけど、ヒューの場合はそれに加えていささかダブルスタンダード気味なのが気になるところです。
 作中では、妻のグレイスは酒に溺れ働こうとしない怠惰な中年女性、息子デュークは母親に甘やかされて堕落した頭でっかちのリベラリストと描かれますが、これはあくまでヒューの目を通した印象ですね。
 興味深いことに物語冒頭でデュークは、自分が弁護士になった理由として父親の度重なる女性問題を(少々おどけ気味に)挙げており、ヒューはそれに対し反省の色を見せません。。中盤以降、デュークとグレイスはヒューに対して憎悪を深めていくことになりますけれども、これもヒューのある行動がそのきっかけとなっているようです。二人にとってヒューは、良き夫・良き父親ではなかったのでしょう。
 後半では、一同は〈選民〉の護民官ポンスへ隷属させられることになります。ヒューはポンスに対して反感を覚えますが、その理由を述べる下りはあまり筋が通っているように感じられません。ヒューの中に、自身が表した「その立場が逆になりうるという観念には、感情的に反撥する」という気持ちがあったのではないか――と読むのは勘ぐり過ぎでしょうか。
 とは言うものの、非常にパワフルな人物であることは間違いありません。前半のサバイバル生活、そして後半における異文明との接触のどちらにおいても、ストーリーをぐいぐいと引っ張っていってくれる存在です。アクの強さも含めて、本書を象徴するキャラクタですね。

この記事へのコメント

  • nyam

    こんにちは。

     自由未来は、残念ながら不自由そうな社会ですね。本編は、ある領地で話が進んでいくのですが、このため、未来社会の描写に広がりが欠けています。そこがすこし残念です。

     最終的に未来は変わるのでしょうか?
    ラストシーンで登場する(生き残る?)二頭の動物によって、少なくとも未来の「ある習慣」はなくなるのではと想像しました。


    2010年03月09日 21:33
  • Manuke

    サバイバル生活の部分は「自由」かもしれませんが、色々な意味で余裕がないですからね。人間が六人しかいない社会が長続きするとも思えず……。
    後半の社会はあまりグローバルな視点では描かれませんけど、地下組織もあるようですから多少の自由は残されているのかもしれません。

    動物の方は未来にもいるようなので、「あれ」は純粋に嗜好的なものかと(^^;)
    でも、ラストの行動が遠い未来に影響を及ぼすという解釈は面白いです。
    2010年03月13日 00:04

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