ゴールデン・フリース

[題名]:ゴールデン・フリース
[作者]:ロバート・J・ソウヤー


 本書は、都市型巨大宇宙船で起きた殺人事件をメインに据えた、ミステリータッチのSF小説です。作家ロバート・J・ソウヤー氏の処女長編に当たります。
 もっとも、殺人犯の正体は冒頭で提示されてしまう、いわゆる倒叙形式になっています。その犯人とは――宇宙船〈アルゴ〉の管理コンピュータ、一人称主人公のイアソンです。隠蔽工作を図るイアソンと乗員の人間達の関わり、そしてイアソンが殺人を犯した真意の解明という形で物語は進んでいきます。
 このイアソン君、殺人コンピュータですから悪い奴ですし、事実かなり悪辣な行動も取るのですが、どこかしら憎めないところがあります。独特のユーモア感を持った、非常に味のあるキャラクタで、むしろ人間達よりも魅力的な程です(^^;)

 二一七五年、遥か四十七光年の彼方にあるエータ・ケフェイ(ケフェウス座η星)へ向けて、バサード・ラムジェット宇宙船〈アルゴ〉が出発しました。エータ・ケフェイの第四惑星コルキスが地球に良く似た星であることが発見されたため、一万三十四名の優秀な人材が集められ、その調査に向けて旅立ったのです。
 そして、出発から二年後。〈アルゴ〉の全てを司るスーパーコンピュータ・イアソンは、天体物理学者ダイアナ・チャンドラーを着陸船に乗せて船外へ追いやり、放射線に被曝させて殺害しました。ダイアナは、〈アルゴ〉の乗員が決して知ってはならない真実を突き止めてしまい、イアソンは彼女を殺さざるを得なかったのです。
 ダイアナの死を自殺と偽装し、格納庫の整備主任アーロン・ロスマンや〈アルゴ〉市長ジェナディ・ゴーロフ達へと連絡したイアソン。着陸船〈オルフェウス〉は格納庫に戻すことができず、真相は闇の中へと消えたはずでした。
 ところが、アーロンは〈オルフェウス〉を〈アルゴ〉へ連れ戻す方法を思いついてしまいます。そして、着陸船の中が調査された結果、考えられない程に強い放射線が浴びせられたことが判明してしまうのです。それは真相を明かしたくないイアソンにとって、非常にまずい状況でした。
 ダイアナがアーロンのかつての夫であり、離婚前にアーロンが医学博士キーステン・フーゲンラードと親しくなっていたことにつけ込み、ダイアナは悲嘆のあまり自殺したのだ、とイアソンは仄めかします。他の人々はそれで納得したのですが、アーロンだけは彼女の死に関わる不可解な部分にこだわり、次第に疑念を深めていきます。
 乗員の中でもとりわけ感情を表に見せないアーロンは、イアソンにとって扱い辛い相手でした。彼に対処する為に、イアソンはある手段に出ます――それは、アーロンの全人格をシミュレーションしてしまおうというものでした。

 本書の注目ガジェットは、スターコロジー〈アルゴ〉です。
 スターコロジー("starcology")とは、星とアーコロジー("arcology":完全環境都市)の混成語ですね。密閉された環境内で全てが充足する、都市型宇宙船です。
 〈アルゴ〉の推進方式は、宇宙空間に存在する希薄な水素をかき集め、核融合の燃料に利用するバサード・ラムジェットです(光速を超えることはできません)。エータ・ケフェイへの旅は船内時間で片道八年ですが、相対論的な時間の遅れから船外では五十年程経過することになります。
 一万人余りの乗員がいる為に「都市」と呼ばれ、実際に市長も存在するのですけど、雑事のほとんどはイアソンとその手足のロボットが行っています。人の手を煩わせる仕事は多くなく、退屈が船旅における最大の問題のようです。
 ちなみに、船名〈アルゴ〉はギリシア神話の叙事詩から取ったものですね。英雄イアソンに率いられ、ヘラクレス・オルフェウス・テセウス等のそうそうたるメンバー五十名(アルゴノーツと呼ばれます)が、巨大船〈アルゴ〉に乗り〈黄金の羊毛〉("Golden Fleece":書名はここから)を得る為に冒険を繰り広げるという物語です。ストーリーにはそれほど関わってきませんが、神話にちなんだネーミングがいくつか登場します。
(アラブではケフェウス座η星周辺を「羊の群れ」と呼ぶようですが、これも関連しているのかも)

 緊迫感が高くスピーディで、サスペンスとしてはかなりの良作なのですけど、推理ものとしては少々難ありかもしれませんね(^^;) 特に、SF的設定として人工重力が登場するのは、やや残念なところです。シチュエーションを作り出す上でやむを得なかったのかもしれませんが、これ抜きでお話が構築されていたら、より完成度が高まったのではないかと感じてしまいます。
 とは言うものの、人工知能の視点から見た人間達の振る舞い等、非常に面白いSFであることも間違いありません。
 また、殺人事件のメインストーリーと並行して語られる「異星から届いたメッセージ」も良いアクセントになっています。〈アルゴ〉とは関連の薄い形で綴られるこのエピソードが本筋と交わる辺りは、思わずニヤリとさせられること請け合いです。

この記事へのコメント

  • RAS

    全人格シミュレーションというアイデアは、後の『ターミナル・エクスペリメント』に繋がったのでしょうか。
    追い詰められたイアソンがアーロンの思春期の黒歴史を暴露した場面は怖かったです。
    2013年06月29日 10:00
  • Manuke

    そっちは積んであります(^^;)
    人格シミュレーションの設定は面白いですねー。エミュレーションではない辺りが絶妙。
    イアソン君はもう少しやりようがあったように思いますが、うかつなところもイアソンらしさでしょうか。
    2013年06月30日 00:46
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