天の筏

[題名]:天の筏
[作者]:スティーヴン・バクスター


 本作『天の筏』は、壮大な舞台設定を特徴とするハードSF作家スティーヴン・バクスター氏の処女長編です。
 氏の代表作は、超種族ジーリーを核に据えた一大宇宙史〈ジーリー・シリーズ〉ですが、本書もその中に含まれるようです。但し、ストーリー的にはあまり関連はなく、番外編的な位置付けと言えるでしょうか。
 本作で描かれるのは、重力定数が十億倍の宇宙です(単に「重力」ではなく、「重力定数」という点がミソですね)。その世界で生まれた少年の成長を軸に、ストーリーは展開していきます。

 直径五十ヤード(約四十五メートル)の冷えきった星の中心核・鉱床と、それを巡る直径八百ヤード(約七百三十メートル)の居住・作業施設〈帯(ベルト)〉――それが坑夫の子として生まれた少年リースの知る世界でした。両親亡き今、彼は一万五千シフト歳(約十五歳)の若さながら、鉱床に降りて鉄の掘削に従事しています。
 教育を受けていないリースでしたが、彼には一つの疑問がありました。人々の住む〈星雲〉は次第に暮らしにくくなってきており、もしかしたら滅びに瀕しているのではないかと。
 それを知るために、彼は〈筏(ラフト)〉からやって来た補給木(この宇宙の浮遊型樹木を乗り物として利用したもの)へ密航を試みます。〈ベルト〉を離れて程なく、パイロットのパリスに発見されてしまったものの、とりあえずは文明の中心である〈ラフト〉へ連れて行ってもらえることになりました。
 リースの真面目さと好奇心旺盛な性格を気に入ったパリスは、老科学師ホラーバークに彼を紹介します。その結果、科学師見習いとして〈ラフト〉へ留まることを許されたのです。
 科学師として教育を受けたリースは、人間がこの世界とは物理法則の異なる別の宇宙で生まれたこと、そして疑念通り〈星雲〉が滅亡しつつあることを知りました。近いうちに訪れると言われる滅びを回避する手段を、リースは模索するのですが……。

 本書の注目ガジェットは、重力定数が十億倍の世界です。
 我々の住む宇宙には、素粒子間に働く四つの相互作用が存在します。強い順に並べると、「強い相互作用」、「電磁相互作用」、「弱い相互作用」、そして「重力相互作用」となります。
 日常感覚的には重力はとても強い力のように感じてしまいますが、それはあくまで私達を引っ張る地球が巨大だからですね。例えば電磁気力は重力と比較して10^38倍(一千京×一千京倍)もの強さがあり、弱い磁石ですら地球重力に逆らって砂鉄を持ち上げられることからも分かります。
 作中の舞台は重力定数のみが十億倍(10^9倍)の宇宙です。これでもまだ他の相互作用と比べると弱いため、素粒子や分子レベルの物理現象には影響を与えないようですが、天体物理には大きな変化をもたらします。重力が強いことから、わずかな星間ガスでも核融合が始まり、恒星の直径は数キロメートル、寿命は千年そこそことなります。リース達の住む〈星雲〉も、人間が呼吸可能な程に凝縮されたガス星雲のことを指しています。巨大な重力定数が、宇宙のスケールを小さくしている訳です。
 更に、〈星雲〉の中心に存在する〈核〉にはブラックホールがあり、その近くでは重力相互作用が電磁相互作用を圧倒して、我々の知る化学反応とは全く異なる重力化学が存在可能となるようです。詳細に踏み込んだ描写はありませんが、斥力のない重力作用下で粒子がどのように振る舞うのか興味深いですね。

 舞台背景として、この世界の人間達はかつて重力定数の異なる別の宇宙(我々の住む宇宙)から、〈ボールダーの輪〉と呼ばれるゲートウェイを通じてやってきたとされています。科学技術は次第に失われつつあり、社会には階級意識が生じています。
 ストーリーは、〈星雲〉に忍び寄る滅亡の予兆、革命と暴力、野蛮な骨人との接触と、やや暗いイメージがつきまとう展開が多いようです。しかしながら、リースは学徒ではあるもののへこたれないキャラクタで、次々と降り掛かる困難を乗り越え物語を引っ張っていってくれます。
 度肝を抜くような驚天動地の展開(他の〈ジーリー・シリーズ〉にあるような(^^;))はありませんが、しっかり科学考証がなされた良質のハードSFであり、また少年の成長物語としても大いに楽しめる作品です。

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック