ソフトウェア

[題名]:ソフトウェア
[作者]:ルーディ・ラッカー


 本書『ソフトウェア』は、数学者・コンピュータ科学者にしてSF作家の奇才ルーディ・ラッカー氏による、ロボットを通じて人間存在の本質を描いたSF小説です。
 一般的にはサイバーパンクに分類される作品ですが、日本では「マッドSF」なる紹介がなされることがあります(^^;) ヒッピー文化的な猥雑要素や知性あるロボット・バッパー達のユーモラスな姿が、深い哲学的命題と渾然一体となり、一種独特の雰囲気を醸し出しているせいでしょうか。

 元サイバネティクス学者のコッブ・アンダスンは、かつて成した行為のせいでその地位を追われました。妻を亡くした今は、フロリダ州の老人居住区で酒に溺れ、静かに朽ち果てつつあります。
 コッブが成したこととは、優れたロボットを作り出す為に進化の概念を取り入れたというものでした。その結果、ロボットは知性を獲得して人間に反旗を翻したのです。彼等は自分達をバッパーと呼び、人間への隷属から解き放たれて月を占拠しています。
 ある日暮れどき、コッブの前に彼そっくりの姿をした男が姿を現します。その男(コッブ2)は人間ではなくバッパーで、彼等の恩人であるコッブに恩返しをしたいと言うのです。自分が代役を務める間に月へ赴いてくれれば、不死の体を提供すると。
 コッブ2が去った後に家へ帰ると、知人の警官スタン・ムーニイが待ち構えていて、コッブを拘束しました。ムーニイはコッブ2を宇宙港の倉庫で目撃しており、本物のコッブが盗みを働いたのだと誤解していたのです。
 本当のことを言う訳にもいかないコッブはそのまま連行されてしまいますが、アリバイがあった為に翌日解放されます。その後、ムーニイの息子でタクシイ運転手のステイ=ハイと共に、バッパー達の手引きで宇宙船へ乗り、月へと向かうことになりました。
 月へ辿り着いたコッブとステイ=ハイの二人は、そこで「不死の体」の真実を知ります。それは脳をすり潰して記憶を取り出し、バッパーの体へ移すことだったのです。

 本書の注目ガジェットは、バッパー("Bopper")です。
 人間には自分達の頭脳を超える存在を設計できないと考えたコッブは、ロボットにランダム要素の伴う世代交代を導入し、それを適者生存と絡めることで生物の進化と同じ状況を作り出しました。この結果生まれた知性を持つロボットがバッパーですね。
(余談になりますが、コンピュータの問題解決に用いる進化論的な手法の一つに「遺伝的アルゴリズム」というものがあります。コンピュータ科学者としてのルーディ・ラッカー氏の著書には、まさに"Boppers"の名を冠した実在のプログラムが登場するようです)
 個体としてのバッパーは一ヶ月しか稼働することができません。このため、一ヶ月毎に相続人を作り出し、自分の記憶を相続させます。相続は完全なコピーとはならないため、進化の余地が生まれる訳です。また、有性生殖に似た個体間の情報交換も存在するようです。
 バッパーの頭脳は、超伝導状態で高速スイッチングを行うジョセフソン素子で作られており、活動には低温環境が必要です(人間と接する際には冷却装置を装備)。多くのバッパーは月面を離れることなく暮らしているため、地球人類の生活を直接脅かす状況にはないようです。また、彼等は人工臓器を製造して、人間相手に交易を行っています。
 バッパーはそれぞれ異なる形態と技能を有しており、互いに協力したり競合したりする複雑な社会を形成しています。中でもXシリーズと呼ばれる、複数のバッパーの記憶を取り込んだ大バッパー(GAX:巨大工場型、BEX:宇宙船型等)は、個を尊ぶバッパー達と敵対関係にあります。

 本作でストーリーの核となるのは、題名に示される「魂とソフトウェア」の問題です。
 超自然的な要素を考えないとすれば、人間の人格(あるいは魂)とは脳に刻まれたデータ、すなわちソフトウェアだと言えます。主人公の二人は、「脳をすり潰して記憶を取り出すという状況は、果たして不死化なのか、それとも死なのか」という問題に直面することになります。この点において、二人の考えは対照的です。
 ドラッグまみれのちゃらんぽらんな生活を続けているステイ=ハイですが、その価値観はどちらかと言うと伝統的なものです。彼にとって、脳からデータを取り出すという行為は人間としての死に他ならず、それを拒絶します。
 一方、バッパー達の創造主であり、人格のコピーという概念に馴染みがあるコッブは、ステイ=ハイ程にはそれに拒否反応を示しません。これは、彼が忍び寄る老衰死に怯えていることもその一因でしょうか。

 と、こうした部分を挙げると、本書が真面目な物語のようですけど、実のところはかなりおふざけ要素が強いお話ですね(^^;)
 ヒッピー風のステイ=ハイのでたらめな暮らしぶりや、かなり悪趣味なシーン等、やや行き当たりばったりな展開と相まって非常に混沌とした印象を形成しています。少々シニカルな笑いを誘う箇所も多数です。
 不真面目な舞台と真面目な思索がごった煮になった本書。一言で表現するなら、やはり「マッド」が似つかわしいのかもしれません。

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