自由軌道

[題名]:自由軌道
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


 本書は人工的に生み出されたミュータント・クァディーを核にした物語です。ビジョルド氏の代表作、マイルズ・ヴォルコシガンを主人公とする〈ヴォルコシガン・サガ〉と同一の未来史に属するようです。
 本書に登場するクァディーは、一企業が利益の為に生み出した、無重量状態に適応した人々です。会社上層部の人々にとって、クァディーは会社の資産という扱いでしかなく、彼等の人権を慮る者はほとんどいません。そこへ、一人の真面目な技術者が教育係として派遣されたところから物語は始まります。

 宇宙船や宇宙ステーションの建造を生業とする巨大企業ギャラク・テク社。そこに勤めるレオ・グラフは超一流の技術者であり、また優れた教官でもありました。
 そんなレオが、辞令により惑星ロデオの軌道上にあるケイ・ハビタットへと向かうことになります。かつて(技術屋としては無能な)部下だった、責任者のブルース・ヴァン・アッタに出迎えられたレオは、そこで二本の足の代わりに腕が下半身に生えた奇妙な若者達を目にします。
 彼等は遺伝子工学により、ギャラク・テク社のコスト削減を目的として生み出された人造ミュータントでした。クァディー(四つ手)と名付けられた彼等は、無重量状態に特化した存在で、普通の人間のように重力環境を必要としません。クァディーは最年長者が二十歳に達しようとしており、その訓練の為にレオがケイ・ハビタットへ招かれたのです。
 当初は戸惑うレオでしたが、程なく純真で人懐っこい少年少女達を気に入ります。クァディー達もまた、レオの一本気で正直な性格と秀でた能力から、彼を慕うようになりました。
 ところが、ここで一つの事件が起きます。赤ん坊を儲け幸せなクァディーのカップル・トニーとクレアに対し、計画の為に別のクァディーと子供を作るよう命令が下され、それを嫌ったトニー達がケイ・ハビタットから脱走を図ったのです。けれども、逃走は失敗してトニーは重傷を負い、しかもその事件を企画事業部副部長のアプマドに目撃されてしまいました。
 その上、更に悪い噂がレオの耳に届きます。ベータ植民惑星で人工重力を発生させる装置が開発されたというのです。人工重力装置があれば、地上人は衛星軌道上でも難儀を強いられることがなくなり、クァディーの経済的アドバンテージは消滅してしまいます。
 クァディーの存在を不道徳と考えるアプマドと、自己保身から責任逃れをしようとするヴァン・アッタのせいで、クァディー達はお払い箱にされようとしていました。このままでは、彼等は不妊手術を施され、惑星上の施設に死ぬまで幽閉されることになります。
 レオは苦悩し、そして決断するのです――千五百人のクァディー達を救う為に、ギャラク・テク社へ反旗を翻すことを。

 本書の注目ガジェットは、クァディー("The Quaddies")です。
 クァディーはギャラク・テク社所属のケイ博士(作中では前年に死去)が遺伝子工学を駆使して生み出した人工的ミュータントで、ゼロG環境で不要な足の代わりに手を備えています。その通称通り、四本の腕を持っている訳です。
 ヴァン・アッタはしばしばクァディーを「チンパンジー」と(侮蔑を込めて)呼びますが、樹上生活の猿は後ろ足も枝を掴むことができるわけですから、霊長類としてそれほど奇妙な形態ではないのかもしれません。
 外見上の違いだけではなく代謝にも改良が施されており、乗り物酔いをしない・運動をしなくても筋肉が衰えない・骨が脆くならない・放射線耐性に優れる、といった特徴があります(いずれも、現実の宇宙飛行士の方々が悩まされている問題)。特に「運動をしなくても――」という点が非常にうらやましいです(^^;)
 但し、この代償としてクァディーは重力下では移動すら困難であり、惑星上で暮らす権利を先天的に奪われています。そもそも行動の自由はなく、給料も与えられません。ギャラク・テク社は法を犯す気こそないものの、その目をかいくぐることにはためらいを感じない者が多いようです。

 本書を特徴付ける要素として、主人公であるレオ・グラフの存在が挙げられるでしょう。
 レオは宇宙ステーション建造や技術者の育成、事故の原因究明調査団といった仕事に従事してきた、輝かしい実績を持つ筋金入りの技術屋です。人間はごまかせても物理法則はごまかせないという信念の元、誠実であることを心がける実直な男性です。
 ミュータントの反乱というダイナミックな題材ながらも、ストーリーに暴力的要素が薄めなのは、レオというキャラクタの影響によるものでしょうか。反乱を技術的要件と捉えて綿密な計画を立て、更にはトラブルに対して臨機応変な対応を取ることで、損害を最小限に抑えようとする訳です。技術屋とはかくありたいものですね(笑)
 もっとも、このせいで展開が少々大人しめになっている感があるのはご愛嬌ということで。:-)

この記事へのコメント

  • むしぱん

    私はビジョルドの小説は最初にこの「自由軌道」と次に「戦士志願」を読んだのですが、まあ普通のSFかなあと思ってました。でもその後に「名誉のかけら」と「バラヤー内乱」を読んで、マイルズ誕生のエピソ-ドに感激し、もう一度「戦士志願」を読み返したりしてヴォルコシガンシリーズにはまりました。(でもまだミラーダンス以降は未読なのですが)
    「名誉のかけら」はホント、楽しいSFです。
    2010年11月20日 21:36
  • Manuke

    実は〈ヴォルコシガン・サガ〉、現時点では未読です(^^;)
    去年あちこち回って一揃い入手済みなので、読み終えたらレビューさせていただきますね。
    2010年11月21日 01:12

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