遊星よりの昆虫軍X

[題名]:遊星よりの昆虫軍X
[作者]:ジョン・スラデック


 ジョン・スラデック氏はかなりの変わり者(作家さんには珍しくない?)だったようで、例えばジェイムズ・ヴォー名義で書かれた偽ノンフィクション、"Arachne rising: The thirteenth sign of the Zodiac"(一九七七年)が挙げられます。「占星術の黄道十二宮には、科学の興隆に伴い隠蔽された十三番目の星座『アラクネ(ギリシア神話に登場する、蜘蛛にされた娘)』があったのだ!」というセンセーショナルな嘘記事ですね(一九九〇年代に登場する「へびつかい座十三星座説」とは別物)。人々がこの偽の主張にどれだけ騙されるかを検証する為に書かれたという、少々人の悪い目的だったようです(^^;)
 本書『遊星よりの昆虫軍X』(原題:"Bugs")は、そのスラデック氏が書かれたユーモアSFです。邦題は能天気でコミカルな印象ですけど、確かに喜劇ではあるものの内容は相当にブラックな味わいだったりします。

 イギリスではぱっとしない純文学作家だったマンフレッド・イヴリン・ジョーンズ(フレッド)。アメリカの友人に“イギリス文学はキテる”と聞かされたことから、彼は成功を夢見て、妻のスーザンを連れアメリカへと渡ります。
 ところが、友人の言葉は単なるリップサービスでした。フレッドの作品が売れないことや、猥雑で暴力的なニューヨークに嫌気が差し、スーザンはイギリスへと帰ってしまいます。
 それでも諦め切れずにアメリカに残ったフレッドは、糧を得る為にテクニカル・ライターを募集していたミネアポリスのハイテク企業・ヴィムナット工学(フレッドが訪問した時点で、会社名はサイバーク・コーポレーションに変わっています)の門戸を叩くことにしました。面接官のデイヴ・ボズウェルに良い印象を与えられなかったフレッドですが、ボズウェルが席を離れたときに雇用者評価書へ小細工をして、無事サイバークに雇用されることになります。
 ところが、これが間違いの元だったのです。フレッドは良く似た名前の別の就職希望者と取り違えられてしまい、テクニカル・ライターではなくソフトウェア・エンジニアとして働く羽目に陥ります――コンピュータ・プログラミングのことなど何一つ知らないのにも拘らず。
 彼が配属されたのは、人間のように喋って歩くロボットの開発を目指す部署でした。仕事に入れ込み過ぎて頭がおかしくなり始めている責任者のメルヴィル・プラットや、テクニカルタームを散りばめて中身のない話を延々と続けるプロジェクト・エンジニアのスタージズ・フェリーニ達と共に、フレッドはロボットMの開発に携わることになるのですが……。

 本書の注目ガジェットは、ロボットMです。
 命名者はプラットで、「LIVING」(生きる)の各アルファベットを後ろへ六つずらすと「ROBOTM」になることがその理由です(プラット本人は、これを言葉遊びではなく神が仕組んだものと信じ込んでいます)。また、後に世間受けを良くする為にロビンソンという名前も与えられます。
 このロボットはアメリカ国防総省が制作を依頼し、サイバーク(物語進行中に、会社名はヴィムナット→サイバーク→ヴェクソと変化します)が開発に当たっているもので、戦場において指揮官の役目を果たすことが期待されています。
 しかしながら、ソフトウェア開発現場はあらすじにある通りグダグダです(笑) 特にプラットが精神に異常を来してドロップアウトしてしまった後は、技術屋としての経験が全くないフレッドが責任者の後を継ぐことになります。もっとも、真の意味で恐ろしいのは、そんな状態でもロボットMがなんとか形になってしまうことかもしれませんけど(^^;)
 完成後のロボットMは、多少言動が怪しいときがあるものの、概ね人間とコミュニケーションが取れるような素振りを見せます(本当に知能を持つのかは作中でも不明のようですが、これもかなりの皮肉です)。また、開発途中にフレッドが読み聞かせた『フランケンシュタイン』のせいで、自分をフランケンシュタインの怪物になぞらえているようです。

 お話の中には、シニカルな笑いが無数に散りばめられています。
 ゴキブリだらけのニューヨークのアパート、毎日届く無数のDM(保険会社の大げさな脅しや、「貴方は懸賞に当選しました!」の類い)、フレッド及び読者を煙に煙に巻くソフトウェア用語の氾濫(実は真面目な話が結構混ざっています)、フレッドに近づいてくるロシア語訛りの自称スコットランド美人、民族ジョークやスラップスティック展開等々……。
 哀れフレッド君はてんやわんやの事態に巻き込まれていきますが、彼の場合は自業自得な面も多分にあるので、あまり同情する気にはなりませんけど(^^;)
 もっとも、作中のそうしたお笑い要素は、誇張こそあるもののほとんどが現実に存在するものだったりします。単なるコメディというだけでなく、現代アメリカ社会に対する痛烈な風刺ともなっている訳ですね。
 B級テイストの邦題も決して悪くはないのですけど、むしろ原題をストレートに捉えた方が、最後の文章が活きてくるかもしれません。

この記事へのコメント

  • X^2

    この作品もかなり昔に一度読んだだけなので、細かい部分の記憶はあいまいですが、邦題を見ててっきり例の映画の原作だと思って読み始めた記憶があります。原題は昆虫というより(コンピュータ・プログラム等の)「バグ」だったんですね。

    > 完成後のロボットMは、多少言動が怪しいときがあるものの、概ね人間とコミュニケーションが取れるような素振りを見せます

    しばらく前にあった「人工無脳」を連想しました。ブログペットの書き込みでも、ときどき一見話の筋が通っているのがありますよね。



    2010年01月03日 19:29
  • Manuke

    題名も直訳だと風情がないし、翻訳の難しいところです(^^;)

    人工無脳では、「うずら」あたりは受け答えが秀逸らしいですね。
    さすがに人間はそれより複雑なものだと思いたいですが、実のところ大差ない仕組みだったりするのかもしれず……。
    2010年01月04日 02:04
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