レッドシフト・ランデヴー

[題名]:レッドシフト・ランデヴー
[作者]:ジョン・E・スティス


 本書『レッドシフト・ランデヴー』は、光速度がわずか秒速十メートルという世界を扱った、異色サスペンスです。
 現代科学では、私たちの住む世界の物理定数は宇宙誕生時に偶発的に定まったものであり、別の値も取り得ただろうと考えられています。もし光速度が今よりもずっと小さいものだったら、相対性理論から導かれる摩訶不思議な現象を肉眼で観察することができるわけです。ここが本書の白眉ですね。
 もっとも、ストーリーの主眼はそうした科学的ガジェットではなく、あくまでそれらを舞台とした事件の方にあります。この辺りに、スティス氏の執筆スタンスが伺えるかもしれません。

 超空間・第十階層に存在することで、旅客や貨物を(通常空間換算で)超光速にて輸送することができる超空間宇宙船〈レッドシフト〉。
 その一等航行士ジェイスン・クラフトは、船内第二レベルの船倉で、乗客の娘ジェニー・ソンダースを発見します。彼女は世を儚み、自殺しようとしていたのです。
 ジェニーが第十階層の奇妙な特性に不慣れだった隙を突いて、ジェイスンは彼女の命を救うことができました。そして客室へとジェニーを連れ帰り、次に自殺衝動に駆られることがあったらまず自分に相談するよう、約束を取り付けます。
 しかし、それから程なく、ジェニーは首を括った死体で発見されました。当初は自殺だと見られていたのですが、船医ローリィの調査によりジェニーは他殺だったことが判明します。
 時を同じくして、〈レッドシフト〉船員のフェン・メルガードが行方をくらましていることが分かります。果たして、メルガードがジェニー殺害の犯人なのか――船内のどこにも姿が見えないことから、ジェイスンは〈レッドシフト〉船殻の外にメルガードが潜んでいるかもしれないと考え、宇宙服を来て外へ出ます。けれども、壁に残された多量の血痕が見つかり、メルガードもまた被害者らしいことが推測されました。
 そして、ジェイスンが船外へ出ていたまさにその間に、宇宙船〈レッドシフト〉は謎の集団によりハイジャックされていたのです。偶然、ただ一人その魔手から逃れることになったジェイスン。彼は同僚と乗客を救出しようと試みるのですが……。

 本書の注目ガジェットは、超空間及び〈レッドシフト〉です。
 作中に登場する超空間は、物理法則の異なる空間が階層構造を形成しているようで、第〇階層が私達の住む通常空間です。階層を一つ上がる毎に、光速度は〇・一七八七倍、相対距離は〇・〇八九三八倍になります。光速度よりも距離の縮む率の方が大きい為、上の階層へ移って移動し、第〇階層へ戻ってくると、結果として光より速く飛ぶことが可能となる訳です。
 超空間宇宙船〈レッドシフト〉はこの理屈を利用して恒星間を移動する船です。直径二十七メートルの球形で、内部はタマネギ状に七つのレベル(階)に別れています。船体は第十階層に常駐しており、船への出入りは搭乗口のゲートを使うか、ジャンプスーツと呼ばれる特殊な宇宙服を使って転移する必要があります。
 〈レッドシフト〉が存在する第十階層では、光速度は秒速十メートルという低い速度になっています。オリンピック級のアスリートなら突破できる――とはもちろんいきません。(^^;) つまり、通常空間で光速に迫ったときと同じく、速く走れば走る程時間の遅れが生ずることになり、決して光速に到達することができないのです。相対論的現象を文字通り肌で感じ取ることができるということですね。
 また、〈レッドシフト〉にはもう一つ、船の中央に向かって引力が働いていて、レベルを下るにつれ重力が大きくなるという特徴があります。これが第十階層の特性と合わさることで、奇妙かつ面白い現象が生まれます。まあ、ネタはちょっと見え見えっぽい気がしなくもないのですけど。:-)

 実は、本書と同じく「光速度が小さくなった世界」を扱った物語が他にも存在します。かの高名な物理学者ジョージ・ガモフ氏による科学啓蒙小説『不思議の国のトムキンス』がそれです。
 銀行員のトムキンスがちんぷんかんぷんの物理学講義を聴いた後、その講義に即した不思議な世界の夢を見る、という内容のお話で、相対性理論だけではなく量子論やビッグバン宇宙論のエピソードも含まれています。タイトル通り『不思議の国のアリス』を思わせる一見不条理っぽい世界にも拘わらず、実は(各定数こそ異なるものの)物理学的にはおかしくないという、優れた啓蒙書ですね。
 作者ご自身のあとがきによると、スティス氏はアイディアを練っている段階まで『不思議の国のトムキンス』をご存じなかったそうで、それを知ったときはかなり焦ったようです(^^;) もっとも、あちらはあくまで物理学の入門書的存在であり、こちらはよりエンターテイメント寄りです。よく似た題材を扱いながらも、方向性は全く異なる訳です。

 実際、『レッドシフト・ランデヴー』はかなり娯楽性を重視した物語で、アクションシーンが数多く登場します。
 主人公のジェイスン・クラフトは、(一人称の為外見描写はありませんが、おそらく)ハンサムで有能な航行士、生真面目かつ朴念仁で、生い立ちに大きなトラウマを抱えた青年です。行動力と決断力は非常に高く、ハイジャック犯の存在を確認後たちまち六人を殺害してしまいます。しかしながら、決して血も涙もないタイプではなく、人を殺してしまうことには罪の意識を感じています。常に弱者を守ろうとし、自己犠牲を厭わないようです。要するに、ハリウッドのアクション映画に出てきそうなヒーローですね(^^;)
 〈レッドシフト〉をハイジャックした集団は色々と手抜かりのある連中なのですが、その最大の失敗はジェイスンの乗る船を襲ってしまったことかもしれません(笑)
 光速度の異なる宇宙というお堅いガジェットを扱いながらも、本作は肩肘張らずに読めるエンターテイメント小説でもあります。ハードSF的な考証を楽しむも良し、純粋にアクション小説として楽しむも良し、です。

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