竜の卵

[題名]:竜の卵
[作者]:ロバート・L・フォワード


 本書『竜の卵』は、SF界有数のハードSF作家R・L・フォワード氏による、異生物を扱った傑作ハードSFです。
 描かれる舞台は、中性子星――太陽質量の八倍~十倍の恒星が超新星爆発を迎えた後に残る超高密度星です。
 氏の本業が重力波研究の物理学者であったこともあり、本書に登場する様々なガジェットには科学的裏付けが多く存在し、圧巻と言えるでしょう。ストーリーそのものは単純なのですが、このディテールこそが本書の醍醐味ですね。
 太陽系近隣に発見された中性子星。〈竜の卵〉と名付けられたこの星を詳しく調べるために派遣された探検隊は、そこで大発見をします。中性子星の表面には、我々人類の百万倍の速度で活動する知的生命体、チーラが存在したのです。

 時は二〇二〇年。宇宙探査機のデータを解析していた一人の研究者が、データの中に周期的なノイズが含まれていることに気付きました。ノイズを更に調査した彼女は、それが太陽系近傍に存在するパルサー(回転する中性子星)であることを突き止めます。
 太陽からわずか二千三百天文単位(冥王星公転軌道の六十倍ぐらい)という近距離にあったこの星は、竜座のしっぽの先に位置することから〈竜の卵〉と名付けられます。自転周期は約五秒、質量は太陽の半分ほどながら直径はわずか二十キロメートル、地表重力六百七十億Gという凄まじい天体です。
 この中性子星を調査するべく調査隊が編成されることとなり、核融合ロケットエンジン搭載の宇宙船セント・ジョージ号が三十年後に〈竜の卵〉へ向けて出発します。
 同じ頃、〈竜の卵〉表面にも新たな変化が訪れていました。
 中性子星の巨大重力下で棲息する生物達の中に、知性を持った種族チーラが生まれていたのです。人間の百万倍の時間で活動するチーラは、狩猟・採集時代、農耕時代等を経て、めまぐるしく文明を発達させていきます。(彼等のタイムスケールでは、人間と同様何世代もに渡る長い歴史なのですが)
 そして遂に、〈竜の卵〉を訪れた地球人と、その表面で生きるチーラの、様々な面で隔たりのある二種族が接触の時を迎えることになるのでした。

 本書における注目ガジェットは、中性子星生物チーラです。
 チーラの体は中性子に富んだ原子核からなるのですが、途方もない密度のために分子結合ではなく核結合により相互に結びついています。このため、彼等の時間尺度は人間の百万倍というスケールとなります。チーラの寿命は約三十分と、我々の目からすると短く感じられるのですが、チーラ自身から見れば十分に長い人生なわけですね。
 外観は直径五ミリメートルほどのアメーバ状で、周囲に十二の目を持ちます。雌雄の区別を持ち、卵生です。生まれた卵は部族単位の育成所で育てられ、このため血縁関係に対する関心が希薄のようです。
 驚くべきことに、中性子星上の生命は全くの創作ではないようです。天文学者F・D・ドレーク氏(SETIや『ドレークの方程式』で有名)らが中性子星でも生命が生まれうるとの仮説を出されています。

 また、地球人側の探検船に関する緻密な設定も見所です。
 接近観測用宇宙船ドラゴン・スレイヤー号が超強大な〈竜の卵〉の潮汐力をどのように打ち消すのか、このあたりはさすがに本業が物理学者なだけあって見事です。(設定資料の補足として、フォワード氏ご自身の論文がポイントされていたり)
 加えて、核融合に磁気単極子を使う等、SFガジェットが実にさりげなく扱われているのも心憎いですね(^^;)
 ハードSFとしての面白さは、ここにも凝縮されています。

 本作を語るにあたって外せないのが、ハル・クレメント氏の異生物SF『重力への挑戦』(または『重力の使命』)との比較ですね。同じ高重力環境に棲息する異生物を扱った作品として、本書は『重力への挑戦』へのオマージュ的な意味もありそうです。(設定資料中にメスクリン人への言及がありますし)
 しかしながら、単に重力を七百Gから六百七十億Gに置き換えただけのお話ではありません。緻密な科学考証もそうですが、特に大きく異なるのが人間とのタイムスケールの違いでしょう。この結果、『竜の卵』は『重力への挑戦』とはまた異なる形のセンス・オブ・ワンダーを味わわせてくれます。
 作中で経過する時間はチーラ側のスケールからすると長大な期間に渡りますので、本書にはチーラ文明史的な楽しみ方もあります。農耕を発見したり、天の南極に位置する明るい星ブライト(我々の太陽のこと)を神とあがめたりと、我々自身の歴史との対比も面白く、本書を読み終えたときには異生物チーラに親しみを感じていることでしょう。

この記事へのコメント

  • たまも

    はじめまして。本のブログをやってます。

    壮大なレビューに圧倒されてます。
    過去に読んだ本もいくつかありますが、ここを読んで読みたくなった本も出てきました。
    2006年04月20日 21:53
  • Manuke

    To たまもさん
    > はじめまして。本のブログをやってます。

    はじめまして~。
    たまもさんも本の感想を書かれていらっしゃるんですね。
    同好の士として嬉しいです。

    # 『竜の卵』はチーラ達がとても魅力的ですよね。

    > 壮大なレビューに圧倒されてます。
    > 過去に読んだ本もいくつかありますが、ここを読んで読みたくなった本も出てきました。

    ありがとうございます。
    そう仰っていただけると、頑張って書いた甲斐があります。

    たまもさんは手広いジャンルの書を読まれているようで、尊敬します。
    ウチはSF一辺倒ですが(^^;)、お互い頑張りましょうね。
    2006年04月22日 00:45
  • むしぱん

    潮汐力の打ち消し方法にシェフィールドはインスパイアされて、相殺航法を考えたのかなあとか、思いました。
    心温まる乳癌のエピソードは、もっと別の不治の病に罹ってることにして、その完治法を教えてくれる話にしてもよかったんじゃないかなあと。そのワクチン名も「ドラゴンズエッグ」と名付けたりして。
    2011年03月05日 23:46
  • Manuke

    > 潮汐力の打ち消し方法にシェフィールドはインスパイアされて、相殺航法を考えたのかなあとか、思いました。

    んー、どうなんでしょう。雑誌掲載時期を見るとほぼ同時のような……。
    シェフィールド氏はネタのバッティング度合いで有名ですから(笑)、これもその一つかもしれません。

    病気の治療に関しては、さすがのチーラも臨床なしに医学的知識を深めるのは難しいんじゃないかと。外科的手術なら技術だけでなんとかなる部分もありますし。
    ふと思ったんですが、超高速・精細なチーラの技術があれば、大概の病気はなんとかなったりしそうです。体内のウイルスを全て破壊、とか(^^;)
    2011年03月07日 01:39

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