火星の虹

[題名]:火星の虹
[作者]:ロバート・L・フォワード


 物理学者にしてハードSF作家のR・L・フォワード氏による、近未来の火星と地球を舞台とした物語です。
 フォワード氏の作品はSFの中でも特に尖っている傾向があり、非常にレベルの高い科学的考証が行われている反面、ストーリーがないに等しいことがしばしばです(^^;) これは氏がSFを科学啓蒙の手段と考えていらしたことと無関係ではないでしょう。
 しかしながら、本書のストーリーは(フォワード氏にしては)かなり頑張っている方ですね。一方では火星植民と異星生物との接触というテーマを扱いながら、他方では異なる道を選んだ双子の生き様が対照的に描かれていきます。

 二〇三八年、新生ソビエト連邦が火星に送っていた調査隊は、一方的に火星を自分達のの領土だと宣言し、世界の怒りを買いました。国連は遠征軍を火星へ送り、ネオコミュニスト達を制圧することを決定します。
 惑星物理学者で最高司令官オーガスタス・アームストロング(ガス)、そしてガスの双子の弟にして司令アレクサンダー・アームストロング将軍(アレックス)に率いられた国連火星遠征軍は、奇襲作戦が功を奏し、わずかな犠牲者のみで火星制圧に成功します。そして、ガスはそのまま火星へ残り調査を続行、アレックスはロシア人のうちKGB関係者を地球へと連行することになりました。
 地球への帰還中、火星の人民委員イワン・ペトローヴィッチが戦艦のコンピュータシステムをクラッキングし、何やら情報を祖国へ送っていたらしいことが発覚します。アレックスは彼がしていたこと、そして火星での不審な行動について尋問しますが、ペトローヴィッチは口を割らず、アレックスに唾を吐きかけました。かっとなったアレックスは、ペトローヴィッチを殺してしまいます。
 アレックスから連絡を受けたガスは、以前ペトローヴィッチと行動を共にしていたロシア人研究者ヴィクトル・ウラジンスキーを問い詰めました。ヴィクトルも非協力的でしたが、ガスはヴィクトル達の行動記録を分析し、彼等が隠していたものを探り出すことに成功します。
 それは火星の永久凍土に閉じ込められていた、奇妙な生物の遺骸でした。ロシア人達は火星生物を発見しながら、それを秘匿していたのです。
 一方、地球へと戻ったアレックスは、自らの英雄的行動が昇進に繋がるものと期待していました。ところが、軍の上層部は彼がペトローヴィッチを衝動的に殺したことを問題視し、それを拒みます。
 激怒し、将軍を辞職するアレックス。そんな彼に、大富豪のロバート・L・クラップが接近し、彼に持ちかけました――テクノロジーを駆使し、宗教的指導者にならないか、と。
 かくして、無限の主アレクサンダーを信奉する合一教会の地球支配が始まります。そして、他ならぬアレックス自身が、その狂気に囚われてしまうのです。

 本書の注目ガジェットは、火星の地球化(テラフォーミング)です。
 お話が進行していくと、地球はアレックスを頂点とする狂信的宗教国家に支配され、火星への援助が段階的に打ち切られます。更にアレックスの狂気は、自分の死と同時に地球が滅びるよう〈神の矛〉という仕掛けを準備するまでに至ってしまうのです。
 ガス率いるセーガン火星協会は、これに対処するため火星環境を地球に近づけ、自給自足体制を築こうと試みることになります。
 その方法はいくつか提案されます。一つは、直径七十キロメートルの巨大な小惑星を火星の盆地へ落とし、盆地内に穿たれた深い穴の中が高い気圧になるのを居住環境として利用します。また、もう一つはもっと順当に、極地の氷冠を太陽熱で暖め、火星全体の気圧を上昇させるというものです。
 いずれにしても、前者では巨大小惑星を火星へ誘導する為に莫大なエネルギーが必要なこと、後者では全火星の大気を呼吸可能にするには十万年もの時間がかかること、といった問題点があります。
 これに対し、作中後半ではある経緯により、一火星年(約一・八八地球年)でテラフォーミングを完了させる方法がもたらされます。近未来SFとしては少々インチキなのですけど(笑)、テクノロジーが十分に発達しさえすれば惑星改造をそこまで短縮できるかもしれないというのは興味深いですね。十万年を座して待つより、作中の技術を頑張って作り上げる方が近道のような気がしますし(^^;)

 ストーリーは、優秀な科学者でリベラルなガスと、保守的な軍人のアレックスを対比する形で進行していきます。
 アレックスはかなり傲慢な性格で、かつ短気です。一方、ガスは忍耐強く、偉ぶるような部分はありません。同じ遺伝子を有する双子ながら、全く別の道を歩んだ訳ですね。作中には二人が他人に唾を吐きかけられる場面がそれぞれ存在しますけど、そのときの反応も対照的です。
 物語後半では、アレックスを神とあがめる合一教会が地球を支配下に収めてしまいます。このとき、合一教会の組織が民衆を丸め込む為に情報技術を駆使する点が面白いです。もっとも、個人的にはいくらITのバックアップがあったとは言え、ここまで安易に人々が狂信へ走るとは思いたくないですね。

 本書のハードSF的な部分はフォワード氏の他作品に比べるとやや控えめですが、調査を通じて描かれる火星そのものの姿と、そこで発見された生物ラインアップ(数珠つなぎの意味)、そしてテラフォーミング技術といった要素に見ることができます。
 中でも火星の情景描写は丁寧で、非常に臨場感があります。単なる架空の世界ではないリアリティ溢れる火星の姿は、それだけで読者の心を隣の惑星へと誘ってくれます。

この記事へのコメント

  • X^2

    テラフォーミングが実現可能となるのはかなり未来の事でしょうが、技術的な問題はさておき、倫理的に許されるのでしょうか?
    別の知的生命が存在する惑星をテラフォーミングするのはホロコーストそのもので論外として、例え微生物レベルであっても、地球の生命とは異なる起源であれば極めて貴重なもので、その生態系を変える行為は許されないのでは。
    「他の惑星に移住しなければ人類が滅亡する」というような状況なら、何でもありなのかもしれませんが、それ以外では完全な無生物惑星以外のテラフォーミングは認めがたい気がします。
    2009年10月26日 22:09
  • Manuke

    利害が絡んでくると、なかなかデリケートな問題かもです。
    本作の場合は色々と特殊な状況ですので例外としても、テラフォーミングで得られる利益と異星生物環境の価値を比較して、前者を取る人もいらっしゃるでしょうし。
    「ただし、エウロパは除く」と警告されても、得てして欲に駆られ禁を犯してしまうものです(笑)

    個人的には、生物学的な意味で異星の生態系は極力保存するべきだと考えます。テラフォーミングしてしまったら、その星における生物進化の痕跡とかが消滅してしまいますから。
    ただ、微生物レベルの異星生命があちこちの惑星で普遍的に見つかるようなものであれば、惑星開発に対する抵抗感も低くなってしまうかも(^^;)
    2009年10月27日 00:08
  • むしぱん

    私にとっての注目ガジェットは、<神の矛>です。こんな装置が覇者の手に握られたら怖い! この仕掛けのアイデアを読めただけで本書の価値があったように思えます(笑)。
    地球からのミサイル攻撃に対する16人の決死隊エピソードがよかったです。

    異星テクノロジーの登場は無くてもよかった気がします。物語終盤ではテラフォームを急ぐ必要性もなくなってしまい、Manukeさん書かれてるとおりフォワードなりのテラフォーム理論を啓蒙したいがために(これだけのマンパワーあれば早くできちゃうよと)書かれた感じがしてしまいます。
    ラインアップ誕生経緯については、続編等のつもりがあったのでしょうか。
    アレクサンダーのもとから戻ったターニアと再会したガスの心の中で葛藤はなかったのか、作家なら描写したいのが普通とも思いますがフォワード氏はそこに関心なし・・・?

    などなどいろいろつっこみたくはなりますが、全体としては読んで楽しいハードSFだったので全て許容です。(昨年『火星の人』を読んだあと、積ん読だった火星ものである本書と『火星夜想曲』を追いつきで読みました。後者もよかったです)
    2016年05月07日 21:27
  • Manuke

    地球側のガジェットだと、〈翼の生えた主の目〉も興味深いですね。
    おそらく、可視光版の干渉計なのだと思われますが、これを外宇宙に向けたら非常に鮮明な天体写真が得られるのではないかと。
    技術的難易度がどの程度なのかは分かりませんけど、ぜひ実現して欲しいですね。もちろん、生活圏以外に向けて(^^;)

    ガスとアレクサンダーに関しては、現実の双子だとどうなんでしょうね。
    かなり失礼な話になってしまうので、とても聞けませんけど(笑)
    2016年05月09日 01:59
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