タウ・ゼロ

[題名]:タウ・ゼロ
[作者]:ポール・アンダースン


 本書はポール・アンダースン氏の最高傑作との誉れも高い、名作ハードSFです。
 アンダースン氏は二十世紀アメリカにおける中堅SF作家さんで、「外れがない」としばしば評される質の高い作品を書かれる方ですが、中でも本作は優れた科学考証と亜光速レベルのスピーディなストーリー展開(笑)で読者を物語に没頭させてくれます。
 本書で真正面から取り上げられるのは、ウラシマ効果です。相対性理論によって解き明かされたこの現象が、隣の恒星系を目指して宇宙船に乗り込んだ人々を数奇な運命へと導くことになるのです。

 核戦争を経て、スウェーデン人の穏やかな世界支配により平穏を取り戻した世界――。
 太陽系から三十二光年の距離に位置するおとめ座ベータ星に送られた無人探査機より、第三惑星が居住可能かもしれないとの知らせが入りました。この時点で、地球はアルファ・ケンタウリやタウ・セチ(鯨座タウ)のような近隣の恒星への探検隊を幾度か送り出しており、新たにおとめ座ベータへも宇宙船が送られることが決定されます。
 バサード・ラムジェット推進式の宇宙船〈レオノーラ・クリスティーネ号〉は、船員や科学者からなる五十名の人間を乗せ、地球を後にします。ベータ・スリーの調査と、可能ならば植民を行うことを目的として。
 磁気で作られた巨大なスクープ・フィールドで星間物質をかき集め、〈レオノーラ・クリスティーネ号〉は加速しながら徐々に光速度へと近づいていきました。速度が上昇するに従い、船内外の時間の流れは食い違いを見せていきます。
 そして旅の三年目、船外時間では十年が経過したとき、〈レオノーラ・クリスティーネ号〉は恐るべき災難に見舞われます。船の行く手に未確認の小さな星雲が発見されたのです。
 回避する猶予もなく星雲に衝突する〈レオノーラ・クリスティーネ号〉でしたが、かろうじて人的損害なしに難局を乗り切ることができました。しかし、このアクシデントのせいで減速用のエンジンが破損してしまい、宇宙船は目的地で停止することができなくなってしまったのです。
 修理の為には一旦エンジンを停止させ、船外に出て作業を行わなければなりません。ところが、〈レオノーラ・クリスティーネ号〉はほぼ光速で飛行していることから、スクープ・フィールドを切ってしまえば星間物質の直撃を受け、死は免れ得ません。船は加速を続ける他ないのです。
 絶体絶命の状況下で、護衛官チャールズ・レイモントから驚愕の提案がなされます。このまま更に加速を重ねることで船内外の時間比を大きくし、数千万光年先にある星間物質が希薄な銀河団間空間へ到達して、そこで修理を行おう、と。
 果たして〈レオノーラ・クリスティーネ号〉一行の運命やいかに。

 本書の注目ガジェットは、相対論的速度における時間の遅れ、いわゆるウラシマ効果です。
 特殊相対性理論によると、物体が高速で移動すればするほど、その系における時間の流れが遅くなります。その比率は次の式で表されます。(cは光速度、vは宇宙船の速度)

τ = √(1-v^2/c^2)

 相対速度がゼロのとき、τ(タウ)は一ですから時間の遅れはありません。しかし、仮に光速度の八十七パーセントで飛ぶ宇宙船を外から見ると、τは約〇・五となり、船内の時計の針はおよそ半分の速さでゆっくり動いて見えます。
 面白いのは、船が加速をしていない状態では、船内側から外を眺めたときにも船外の時計がゆっくり動いて見えるという点です。もっとも、実際には宇宙船側が旅の途中で加速・減速を行うでしょうから、そこで帳尻が合わされることになります。(ここは一般相対性理論の領域)
 現代物理学において光速度は絶対不可侵であり、それを超えることはおろか到達することすらできません。しかし、加速を続けることにより光速度に限りなく近づいていく(=τをゼロに近づけていく)ことは可能です。この結果、光速に近い速さで飛ぶ宇宙船の中ではほとんど時間が経過しなくなり、未来への一方通行のタイムマシンと化す訳です。

 〈レオノーラ・クリスティーネ号〉の装備するバサード・ラムジェットは、一九六〇年に物理学者ロバート・W・バサード氏が考案した恒星間旅行用の推進方式で、数多くのSF作品に登場します。
 バサード・ラムジェットは宇宙空間に存在する希薄な水素をかき集め、核融合の燃料として使用しますので、恒星間を旅行するにあたって膨大な燃料を運んでいく必要がないという優れたアイディアです(但し、ある程度速度が出ないと星間水素を集められないので、最初の加速分は必要)。つまり、バサード・ラムジェット宇宙船を使えば、何億光年先の銀河まで到達することも原理的には可能です。
 作中では、〈レオノーラ・クリスティーネ号〉が十光年の位置(星雲との衝突場所)へ到達するまで三年、銀河中心(二万光年)へ到達するまで一年あまり、隣の銀河(二百万光年)へ到達するまでに数週間と、速度が光速に近づいていくにつれ内外の時間は食い違いを大きくしていきます。このように無限に加速を続ける宇宙船というシチュエーションは、バサード・ラムジェットあってこそ、ですね。

 加速していくことにより、〈レオノーラ・クリスティーネ号〉は空間的・時間的に途方もない規模の旅を続けることになりますが、船内では乗員によるドラマが繰り広げられることになります。
 旅行当初は理性的だった人々も、先の見えない不安から落ち着きをなくし、愛憎劇や暴力沙汰、宗教への逃避といった行動を見せ始めます。本書で主人公を務めるレイモントは、自ら憎まれ役を買って出ることで規律を維持し、絶望的状況にありながら乗員達を纏め上げようと努力するわけです。
 SF界でも稀に見る(しかも荒唐無稽でない)極大スケールの展開と、宇宙船内で高まる卑近な緊張感が合わさって、結末は非常に感動的ですね。読後はしばし呆然とその余韻を味わうことになるでしょう。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    タウゼロはもっとオールタイムベストに入ってきてもおかしくないと思うのですが、何故か注目度が低いですよね。前情報を全く知らずに読んだ時、なぜ今までこれを読まなかったんだろうと驚きました。
    島宇宙から島宇宙への移動、銀河団から銀河団への移動と、距離も時間経過もどんどんエスカレートしてくさまは、これぞSFファンでなければ味わえない感動、SF読んでてよかったと思える偉大なる作品でした。

    ひとつ考えた別の結末です。
    ついに光速を超えてしまい、過去に進み始めて無事、出発時点の地球に戻ってきてよかったねという話。この場合タイトルは「タウ・マイナス」ということで・・・
    2011年01月15日 21:54
  • Manuke

    そうですね。人間の目線から見た宇宙の広大さが味わえる名作だと思います。登場人物が我々現代人とさほど違わない、近未来の人間ですから。

    > ついに光速を超えてしまい、過去に進み始めて無事、出発時点の地球に戻ってきてよかったねという話。この場合タイトルは「タウ・マイナス」ということで・・・

    じゃあ、√が入るので虚数方向に時間が動いてしまう『タウ・アイ』とかもどうでしょう(^^;)
    2011年01月17日 00:54
  • >むしぱん
    >ついに光速を超えてしまい、過去に進み始めて無事、出発時点の地球に戻ってきてよかったねという話。この場合タイトルは「タウ・マイナス」ということで・・・
    タイトル忘れたけど星野之宣氏の漫画であったような。光速を超えたのでなくて、タウ・ゼロと同様のビッグクランチ→ビッグバンを繰り返す準定常宇宙で前の地球そっくりの星(置いてきた恋人のそっくりさんまでいる)に降り立つって話。
    宇宙船分の分子が足りないからそこまでそっくりになるかよと思いつつも悪くない物語ではあった。
    2013年12月29日 16:59
  • Manuke

    > 光速を超えたのでなくて、タウ・ゼロと同様のビッグクランチ→ビッグバンを繰り返す準定常宇宙で前の地球そっくりの星(置いてきた恋人のそっくりさんまでいる)に降り立つって話。

    ふむふむ、そんなお話もあるんですね。
    機会があったら読んでみます。

    > 宇宙船分の分子が足りないからそこまでそっくりになるかよと思いつつも悪くない物語ではあった。

    きっと、前の宇宙も宇宙船分の分子が足りない状態だった、ということで(^^;)
    2013年12月31日 00:25
  • >きっと、前の宇宙も宇宙船分の分子が足りない状態だった、ということで(^^;)
    なるほど、その解釈は思いつきませんでした。
    タイムループもののループ込で最初から宇宙が出来上がってるタイプの亜種と考えれば良かったんですね。
    それと訂正しますが、光速超えないのは星野氏じゃなくて藤子F不二雄氏の作品でした。
    星野氏の作品はズバリむしぱん氏の書いたような超光速が絡む話で、宇宙船がUFO(アダムスキー型円盤)とぶつかったショックでタキオン化して超光速化&操縦不可能になり、実はそのUFOは…とミステリーがあって謎が解けて、地球にニアミスして恋人を確認までは覚えてるんですが、着陸してハッピーエンドじゃなくて操縦不能のままバッドエンドな話だった気もしますがうろ覚えです。
    ↑の…の部分のネタバレを改行しまくってから書きます。















    UFOの正体は実はタキオン化して時間を逆行した自分自身で、ローレンツ収縮したペンシル型ロケットがいわゆるアダムスキー型円盤に見えていたという凄いオチでした。あの画力でもっともらしい比較図を書かれたんで読んだときはオーッって思いました。
    2014年01月07日 01:35
  • Manuke

    星野之宣氏の画力は高いですよねー。
    私は『未来の二つの顔』と『星を継ぐもの』しか持ってないのですが、特に『未来~』の方は非常に臨場感がありました。
    (ガニメアンの姿は個人的に想像していたのと違ったので違和感が……(^^;))
    2014年01月09日 00:48
  • むしぱん

    星野氏のは「遠い呼び声」ですね。タウ・マイナスをここに書いた時はすっかり忘れてましたが、読み返して思い出しました。今だとマンガ文庫の「残像」に収録されてます。

    藤子氏のは「一千年後の再会」。女性は地球上のタイムマシンで1000年後を目指し、男性は亜高速宇宙船で果てを目指す。
    タイムマシンは宇宙の絶対座標にそって時間を下っていき、宇宙船は膨張する宇宙を進んでいき、偶然、宇宙船とタイムマシンの目的地が合致しちゃった話。アシモフの「永遠の終り」では地球の自転や公転に沿ってタイムマシンの航路も進んでいくという解釈でしたから、対をなしますね。

    久々に昔のマンガを読み返して懐かしかったです。
    2014年01月12日 01:13
  • Manuke

    おお、むしぱんさんは両方ともご存じでしたか。
    日本ではマンガにも良作SFがたくさんありそうですね。
    長編だと商業的理由からかしばしばバトル展開になってしまったりしますけど(^^;)、短編ではアイディアの光る作品が多いように感じます。
    2014年01月14日 00:07

この記事へのトラックバック