地球帝国

[題名]:地球帝国
[作者]:アーサー・C・クラーク


 SF界の大御所A・C・クラーク氏が描く、人類が太陽系へ進出した時代を背景とする物語です。
 クラーク氏の小説ではしばしば、登場人物が理性的過ぎて現実味がない傾向がありますけど(^^;)、本作ではキャラクタが立っており各々に個性を感じさせてくれます(それでも、愚かな人物・行動はあまり登場しませんが)。後半にはややミステリー的な謎解きや、スケールの大きなSFガジェットも登場し、幕引き場面も鮮やかです。総合的に見て、かなり完成度の高いお話なのではないかと感じます。

 二十二世紀後半、技術者マルカム・マケンジーは土星の衛星タイタンの大気に含まれる水素の存在に目を付けました。この時代では、惑星間の宇宙船運航の為に大量の水素を必要としており、それを得るのに最も適切なのはタイタンだと彼は気付いたのです。
 タイタンの水素を内惑星へと送るシステムを構築したマルカムは、そこから得た莫大な利益でタイタン上に独自の王国を築きました。けれども、その彼を不幸が襲います。マルカムの遺伝子には欠陥があり、妻エレンとの間に生まれた娘は幼くして夭折してしまったのです。
 自分が子供を儲けることはできない体だと知ったマルカムは、そこで意外な手段に出ます。地球へ戻り、生命工学の力を借りて自分自身のクローンを作ったのです。年齢的には離れながらも遺伝子的には双子の兄弟であるその赤ん坊はコリンと名付けられ、マルカムは彼を息子として、かつ後継者として育てることにしました。しかし、その結果としてエレンとマルカムの仲には亀裂が入ってしまいます。
 そして時は流れ、二二七六年。マルカム同様にコリンもまた自分のクローンを作り出し、そのダンカン・マケンジーも三十一歳を迎えていました。そんなタイタンに、地球から手紙が届きます。それはアメリカ建国五百年を祝う式典への招待状でした。
 地球でコネを作る絶好の機会であり、マケンジー家の者が出席しない訳にはいきません。そして何より、ダンカンもまたマルカムやコリンと同じく子孫を残せない体でした。遅かれ早かれ、ダンカンはクローンを得る為に地球へ赴かなければならないのです。
 かくして、ダンカンは慌ただしく荷物をまとめ、タイタンへ寄港した宇宙船シリウス号へ乗り込みます――彼にとっては異世界である地球を目指して。

 本書の注目ガジェットは、宇宙船シリウス号です。
 シリウス号は作中世界でも最新の推進機関、〈漸近駆動〉("asymptotic drive")を備えた新型宇宙船です。〈漸近駆動〉に関する説明はあまり多くない(極秘という名目で(^^;))のですが、〈ノード〉と呼ばれる特異点へ水素を送り込み、プラズマのジェット噴射として取り出しているようです。おそらく、一種の縮退炉なのでしょう。
 この強力なエンジンを装備しているため、シリウス号は大量の推進材を積む必要がなく、旅の間中ずっと〇・二Gで加速(中間点で向きを反転し、その後は減速)することができます。このため、土星から地球までの飛行はわずか二十日です。また、水素の消費量が少ない為、マケンジー一族にとっては目の上のこぶ状態です。
 外観は、エンジン部のまわりに放射線障壁の輪をめぐらした、ずんぐりした円柱状です。構造は十階建ての塔に類似し、船室は下から数えて六階と七階にあります。乗客の数は(ダンカンの乗る便では)三百二十五名で、船室や食堂が狭い為にある程度不便を強いられるようです。
 面白いのは、船内に設置された〈トラック〉と呼ばれる施設です。シリウス号は〇・二Gで加速するため、地球へ行く者は体を鍛えておく必要があります。〈トラック〉はその鍛錬の為に、船の内側に沿ってぐるりと一周しているトンネル状の自転車コースで、床が側方に急傾斜しています。自転車の漕ぎ始めは、宇宙船の下(ロケットを噴射している方向)へ重力がかかっているわけですけど、スピードが速くなるにつれ遠心力が勝っていき、最終的にはほぼ横倒しの状態で壁を走ることになります。純粋にレクリエーションとしても楽しそうですね。

 主人公ダンカン・マケンジーは、父及び祖父に当たるコリン/マルカムのクローンであり、同じ遺伝子を有しています。彼等三人の思考は似通っているらしく、意見の不一致はほとんどなかったようです(特にマルカムとコリンは、他人には理解困難な短い言葉だけで意思疎通可能)。王国を維持していく上で、後継者が先任者と同じ意思を持つというのは強みかもしれませんが、そのせいでマケンジー一族は反感も持たれているようです。
 但し、双子と同様あくまで別の人間であり、決してコピーではありません。ダンカンは地球訪問というイベントを通じ、自分自身の在り方を問うことになります。生涯一度だけの地球巡礼は、彼にとって通過儀礼でもあるようです。

 なお、タイトルに『地球帝国』(原題:"Imperial Earth")とあるものの、あくまで比喩的表現であって、二十三世紀の地球は民主的で平和な一国家のようです(アメリカ合衆国の独立五百年が祝われるのは、あまり深い意味はない……と思われます)。氏の理想を反映してか、奇麗過ぎるような感がなきにしもあらずですが(^^;)
 作中のキーアイテムとしてペントミノ(幾何学的パズルの一種)が使われていたり、クラーク氏お得意の異星知的生命との接触に関する部分があったりと、要素としてはなかなか盛りだくさんなのですが、ストーリーに一本筋が通っている為にちぐはぐな印象はありません。
 ダンカンの経験と成長を通じて近未来の太陽系世界を描いた、ハードSFの名作です。

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