未知の地平線

[題名]:未知の地平線
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 本書はSFビッグスリーのお一人・ハインライン氏の経歴中、初期に執筆された長編であり、人間の遺伝子操作を正面から扱った最初のSFとも言われます。
 初出は一九四二年の四月・五月に、米SF雑誌へ分割掲載されたもののようです。このせいか、物語は前半と後半で大きく方向性が異なる内容となっています。
 注目点は、執筆時点ではまだ遺伝子の正体が判明していなかったという部分です(DNAが遺伝子であると確認されたのが一九五二年、DNAの二重螺旋構造が解明されたのが一九五三年)。染色体に遺伝情報が格納されていることは分かっていたのですが、現実にそれをどう操作するのかは未知の領域だった訳です。にも拘らず、現在の視点から見てもそれほど違和感なく説明されているのは興味深いですね。

 遥かな未来、人々が遺伝子改良を受け入れ、病気や貧困の存在しなくなった時代。
 青年ハミルトン・フェリクス(作中の時代では姓が先で名が後)は、四世代に渡って好ましい血統を交配して生まれた、エリート中のエリートです。彼は頭脳明晰かつ頑強な肉体を持ち、生存能力に優れている超人的存在でした。
 けれども、ハミルトンは必ずしも幸福ではありませんでした。常人よりも秀でた才能を持ちながらも、彼には自らの望む能力が与えられていなかったのです。生きる意味を見いだせずに斜に構え、優れた才能もゲーム開発という(彼にとっては)無益な仕事に浪費しています。
 そんな彼がある晩、友人のモンロー=アルファ・クリフォードを誘ってレストランで食事を摂っていたとき、ふとしたことからトラブルに巻き込まれてしまいました。そして、その事件を契機にハミルトンは二つのグループと関わりを持つことになります。
 一つは、彼の優れた遺伝子を後世に残すことを望む遺伝子調整部長モーダン達でした。彼等はハミルトンに対し、選抜された遺伝子を持つ女性と子供を作るよう勧めてきます。
 そしてもう一つは、社会に不満を持つ革命組織〈生き残りクラブ〉でした。〈生き残りクラブ〉の面々は(作中の)現代文明が掲げる遺伝政策を否定し、生まれつきの指導者が統治する科学的国家の設立を目指していたのです。
 果たしてハミルトンはどちらの道を選ぶのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、人間の遺伝子操作です。
 作中の歴史では、それ以前に二回程ヒトに対する大規模な遺伝子操作が行わたようですが、いずれも失敗に終わったとされています。
 一回目は一九七〇年代、核戦争の反省から人間の闘争本能を取り除こうとする試みが行われます。けれども、この結果として生まれた“羊”(闘争本能を除去した人間)は“狼”との戦争に破れ、滅ぼされてしまいます。
 それから三百年後、全体主義国家・大汗帝国("Empire of the Great Khans")が放射線や遺伝子選択性色素を用いて、様々な人為的突然変異体を造ります。超頭脳を持つ人間や、戦闘能力が桁外れに高い〈戦士〉等です。しかし、あまりにも人民を特殊化し過ぎたことが災いし、上層部が殺害された途端に帝国は一気に瓦解してしまいます。
 これらの先例を教訓とし、ハミルトンの時代では遺伝子に直接手を加えることをタブーとしています。両親の配偶子(卵子と精子)を選別し、その中で最も良い組み合わせを見つけるということで遺伝子操作を行う訳です。つまり、自然に両親から生まれ得る子供のうち最良のものを選び出すということになります。遺伝子を調べる為には生殖細胞を破壊する必要があるようですが、これは配偶子が減数分裂を行ったときの片割れを探し出す(ここは詳細な言及なし(^^;))ことで解決しています。
 この方法であれば、遺伝子操作にそれほど高度な技術は必要ありませんし、倫理的にもそれほど抵抗がない(配偶子を選別しているだけですから)と想像されますから、なかなか上手い設定と言えるのではないでしょうか。
 余談ですが非常に興味深いことに、作中にはヒト染色体が四十八本という記述があります。実際には四十六本ですのでこれは誤りですけれども、このミスはハインライン氏のせいではありません。一九一〇年代からヒト核型の調査が始まり、この頃の数え間違いで染色体数は四十八本が定説となります。技術的な問題もありますから当時の研究者に非はありませんが、一旦定説化してしまうと検証が行われなくなり、実に一九五〇年代に至るまで四十八本説がまかり通ってしまったようです(四十六本だったと判明した後も、それが認められるのに時間を要したとか)。本書自体はフィクションではあるものの、そこから現実の科学史を伺い知ることができるのは面白いですね。

 『未知の地平線』の未来は、現代とは異なる構造と規範を持ったユートピア社会として描かれます。ハインライン氏は戦後、社会性の強いSF作品を手がけられますが、その兆しを本書に見て取ることができます。
 作中世界において、男性には武器の携帯が推奨されており、侮辱を受けた場合には決闘で白黒を付けることが容認されます(但し、道理をわきまえた紳士は滅多に武器を使いません)。武器を持たない者は、その印として平和腕章を身に付ける必要がありますが、この場合には臆病者として下級市民扱いを受けることになります。一方、女性の場合は逆に、武器を携帯することが眉を顰められる傾向にあるようです。
 また、人々の中には対照群天然種(コントロール・ナチュラル)と呼ばれる、遺伝子改良が行われていない者が少数ながら存在します。彼等に対しては差別が存在するようで、物語前半では準主役のモンロー=アルファがこの部分に関ることになります。
 他にも、社会信用論(技術者クリフォード・ヒュー・ダグラス氏の提唱した経済論)との関連性や、停滞フィールドのせいで未来へ行く羽目になった青年のエピソード等、様々な要素が詰め込まれています。
 ただ、こうした部分は後半に入ると影を潜め、物語の主眼はテレパシーや魂の不滅といった内容に移ってしまいます。前半では反骨心溢れる青年だったハミルトンも、すっかり牙を抜かれてしまうようです(笑) 伏線ほったらかしで、あまり起伏のない展開に終始する為、個人的にはやや竜頭蛇尾な印象が否めません。
 巨匠ハインライン氏とは言え初期の作品だから、ということかもしれませんが、冒頭の通り二回に分けて雑誌掲載されたという経緯がありますので、あくまで想像ですがその間に何かあったのかもしれませんね。前半のトーンが最後まで続いていたらかなりの問題作に仕上がったのではないかと想像できるだけに、少々もったいない感じがします。

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