砂のなかの扉

[題名]:砂のなかの扉
[作者]:ロジャー・ゼラズニイ


 風変わりな状況に置かれた青年が四苦八苦する、サスペンスタッチの異色SF小説です。
 一人称主人公のフレッド自身が相当な変人であるのに加え、彼を次々と襲う出来事も奇妙で、更に拍車をかけるがごとく挿入されるフラッシュバック的なシーンが混乱をいや増してくれます(笑) ただ、そうした謎は読み進めるうちに判明していき、最後に全てのピースがぴったりと収まる様は、推理小説的な爽快さがあります。全体を通じてウィットとユーモアに富んでおり、かつスタイリッシュなのは、さすがゼラズニイ氏と言えるかもしれません。

 フレッド・キャシディは変わり者でした。彼は卒業に必要な単位をぎりぎり取らないよう注意し、専攻を学期毎に変更することで、十三年もの間大学に居座り続けていたのです。それは叔父アルバートの残した基金が、フレッドが在学中のみ小遣いを支払うと取り決められている為でした。
 また、フレッドは高所愛好症(高所恐怖症の反対)でした。外を出歩くときには道路より屋根の上を歩くことを好み、建物には窓から出入りしています。
 こうした風変わりな行動から、フレッドは大学内では有名人です。指導教官らは何とか彼を卒業させてしまおうと画策しますが、常にのらりくらりと躱してしまいます。
 そのフレッドが、あるときを境に奇妙なメッセージを目にし始めることになります。「嗅げているか死(デッド)を("DO YOU SMELL ME DED?")」、「見えているか、赤(レッド)("Do you see me, red?")」という意味をなさない問いかけを、空に現れた文字や、背後からの囁き声として受け取るようになったのです。そして、時を同じくして彼の周辺では、きな臭い騒動が起き始めます。
 ある日、自室へ帰ったフレッドは、そこが家捜しされたように荒らされているのを発見します。それは地質学教授ポール・バイラーの仕業で、ポールはフレッドを暴力で脅し、スター=ストーンを返すよう命じます。
 スター=ストーンとは異星人から贈られた超古代の用途不明な宝で、ポールが作った複製品の一つがフレッドの部屋に置かれていたのです。しかし、フレッドはその行方に心当たりがなく、かつての同居人ハル・シドモアが部屋を出るときに持っていったのだろうと言うことしかできませんでした。
 ポールを追い返したフレッドはハルの家へ赴き、友人もポールに脅されたことを教えられます。ところが、ハルの方もまた複製スター=ストーンの在処を知りませんでした。
 友好的だったポールがここまで豹変したことを考えると、スター=ストーンは複製ではなく実物だったと想像できますが、二人ともその行方を知らない以上打つ手はありません。けれども、彼の敵はそうは考えませんでした。
 オーストラリアへ旅行し、その遺跡で発掘作業を行っていたとき、フレッドは突然二人のならず者に襲われてしまいます。白状させる為に砂漠で磔にされ、あわやミイラになりかけたフレッドの命を救ったのは――人語を話すウォンバットだったのです(^^;)

 本書の注目ガジェットは、レニウス機械です。
 作中の地球は、銀河に遍在する異星文明とファーストコンタクトを果たした直後の時代です。銀河文明に参加するにあたって、地球は二つの宝(英国王冠宝玉と“モナ・リザ”)を献上し、逆に異星人の宝を二つ受け取っています。一つがあらすじにあるスター=ストーンで、もう一つがレニウス機械と呼ばれる装置です。
 レニウス機械は三つの黒い箱からなり、両端の箱で駆動されたベルトが中央の箱の穴を潜るように設置されているようです。ベルトの上に置かれた物が中央の箱を潜り抜けると、その物体は鏡像反転するという不思議な機械です。
 ある経緯から、主人公のフレッドは自分自身がレニウス機械の中を潜ることになり、肉体が反転してしまいます。周囲の文字は全て鏡文字になり、自動車は反対車線を走っているように見えますが、実際にはフレッド本人が鏡像になっている訳です。(フレッドが診察を受けたとき、医師は彼を内臓逆位だと勘違いしてしまいます)
 肉体が鏡像反転してしまったフレッドは、栄養摂取で問題を抱えることになります。例えば、人間の活動に不可欠なアミノ酸の多くは、ちょうど鏡で映したようにD型とL型という二通りの構造を持ちうる訳ですが、生体で使われるのは基本的にL型のみです。ところが、鏡像反転してしまったフレッドに必要なのはD型になってしまう為、普通の食事からは必要な栄養素が摂取できないことになります。
 興味深い部分として、鏡像反転により味覚が影響を受けるというものがあります。鏡像になってしてしまったことで味蕾の反応が変化し、本来は大して美味くもないはずの安食堂の料理が極上の御馳走に変わる、といった感じです。実際、アミノ酸のD型とL型は異なる味がするとのことですが、D型は人間の舌にはしばしば苦く感じる(L型は甘い)ようなので、美味しくなるかどうかは微妙かもしれません(^^;)

 フレッド・キャシディはいわゆるモラトリアム青年で、本来ならばとっくに大学を卒業しているはずの年齢ですが、策を弄して学生時代を謳歌しています。飄々とした性格で、どこか憎めない印象ですね。
 彼をなんとかして卒業させたい教官達からは疎まれていますけれど、決して学業を疎かにしている訳ではなく、むしろ学習意欲は旺盛のようです。卒業しないよう注意深く専攻を切り替えてきた結果、大学教授顔負けの幅広い知識を有するに至っています。
 また、決断力や行動力もかなりのもので、何が起きているのか(特に読者には(笑))さっぱり分からない場合でも、速やかに状況判断し行動に移します。フレッドがストーリーをぐいぐいと引っ張ってくれるため、謎が多いにも拘らず展開がスピーディで飽きさせません。本作の面白さにフレッドというキャラクタが大いに寄与していることは間違いないでしょう。

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