ミクロの決死圏2――目的地は脳――

[題名]:ミクロの決死圏2――目的地は脳――
[作者]:アイザック・アシモフ


 巨匠アイザック・アシモフ氏による、人体内部の探検を描いた異色SFです。
 題名に「2」の数字が付いているものの(原題は"Fantastic Voyage II: Destination Brain")、世界設定も登場人物も『ミクロの決死圏』とは無関係の独立した小説です。小説版『ミクロの決死圏』は映画のノベライズでしたが、本書はアシモフ氏の純粋なオリジナル作品となっています。
 執筆された経緯は少々ややこしく、『ミクロの決死圏』の続編を製作する権利を得た映画会社が、その脚本のノベライズに前作同様アシモフ氏を起用したがったのが発端のようです。しかし、アシモフ氏は原作付きであること等に難色を示し、すったもんだの末、完全新作という形でOKしたとのことです。つまり、本書は新作映画の原作となるべく書き下ろされた訳です。

 神経物理学者アルバート・ジョーナス・モリスンが、学会であくびをかみ殺しながら講演を聞いていたとき、臨席の女性が不意に声をかけてきました。彼女はナターリャ・ボラノーワと名乗り、是非ソビエト連邦へ来てモリスンの有する神経学の能力を貸して欲しいと依頼してきます。ソビエトの高名な科学者ピョートル・レオノヴィチ・シャピーロフがモリスンの研究を高く評価しているのだと。
 しかし実際のところ、アメリカ内ではモリスンの評価は地に落ちていました。彼の研究は脳波から思考を読み取るというものでしたが、誰一人として追試に成功しておらず、周囲からはほとんど奇人扱いだったのです。しかも、ボラノーワは物質をミニチュア化するという(モリスンから見ると)眉唾な研究に携わっており、彼は不審を抱いてその申し出を拒絶します。
 その後、モリスンがホテルの部屋へ戻ると、部屋の中には見知らぬ男がいました。その男フランシス・ロダーノは公安関係のエージェントで、ボラノーワがモリスンに接触したことを知っており、ソビエトの秘密を盗み出す為にその申し出に協力すべきだと言ったのです。ますますきな臭くなる話に、恐怖を感じたモリスンは断固拒否しました。
 ところがその夜、食事に出かけたモリスンは突然謎の男達に誘拐されてしまいました。それはボラノーワの差し金によるもので、モリスンは有無を言わさずソビエトへ連れ去られることになったのです。
 ソビエトの一地方都市マーレニキグラードへ到着し、〈グロート〉と呼ばれる研究施設へ案内されたモリスンは、ミニチュア化がアメリカを騙す為のフェイクではなく、実在する技術であることを知らされます。そして、ミニチュア化技術は未完成であり、その完成に必要なシャピーロフが事故のため昏睡状態に陥っていることを。モリスンが呼ばれたのは、シャピーロフの脳内にミニチュア化して潜り込み、彼の思考を読み取る為だったのです。意固地になったモリスンは、そんな危険な冒険に付き合うのは嫌だと突っぱねますが、なだめられ、脅され、結局は同意せざるを得なくなります。
 かくしてモリスンとボラノーワ、潜航艇パイロットのアルカジイ・ヴィッサリオノヴィチ・デジニョーフ、電磁気学の専門家ソフィア・カリーニナ、モリスンと同じ神経物理学者のユーリー・コーネフの五名は、急ごしらえで不備のある潜航艇へ乗り込み、縮小されてシャピーロフの体内へ注入されることになりました。
 果たして彼等は、首尾よくシャピーロフの思考を読み取ることができるのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、ミニチュア化技術です。
 前作の映画版『ミクロの決死圏』では「縮小されるタイムリミットが六十分」という以外に縮小技術に関する説明はほとんどありませんでしたが(アシモフ氏のノベライズ版では少しフォローされています)、本作のミニチュア化はもう少し設定自体に考証がなされています。もっとも、物理学的根拠は前作同様ありませんけど(^^;)
 ミニチュア化で縮小された状態は基本的に準安定であり、明示的なタイムリミットは存在しません。但し完全に安定しているわけではなく、縮小の程度が進む程、自然に元に戻ってしまう確率は高まります(装置を働かせれば防止可能)。小さくなった物体はミニチュア化フィールドに覆われており、外部の通常物質が中へ入るにはエネルギーを必要とします。
 体内に注入される前段階では、潜航艇及びその乗員は外部からの操作により縮小されますが、潜航艇自体もミニチュア化装置を備えており、自分自身の大きさをある程度調整可能です(神経細胞へ侵入する際等に潜航艇はサイズを変更します)。
 作中のミニチュア化技術は未完成で、シャピーロフはそれが完成した暁には、同時に超光速推進も手に入れることができると予測していたようです。シャピーロフは偏屈かつ秘密主義の科学者で、研究中の内容を書き残すことなく昏睡状態に陥っており、そのせいでモリスンは誘拐されることになった訳です。開発行程における「トラックナンバー」(何人トラックに礫かれたらプロジェクトが破綻するか、というブラックジョーク)は2以上に保つべき、という教訓かもしれません(笑)

 映画原作として書かれた本書ですが、現時点では残念ながら映画が製作されるという動きはないようです。
 物語が米ソ対立時代を背景としている為、今の世界情勢にそぐわなくなってしまったという点もあるでしょう。ただ、個人的には内容が少々地味であることも関与しているのではないかと想像しています(^^;)
 元々、映画会社が想定していた脚本は、「ミニチュア化されたアメリカとソビエトの潜航艇が人体内で対決する」といった、いかにもハリウッドらしいものだったようです。けれども、アシモフ氏は暴力嫌いですからそれを拒否し、自分の好きなように書かせてもらうことを条件としています。(本作中でも暴力要素が皆無ではありませんけど、かなりコメディ色が強いですね)
 結果として書かれた本書は、アシモフ氏お得意のロジック要素に重きが置かれた作品で、ビジュアル的な派手さは控えめです。人体内探検もあちこち寄り道した前作とは異なり、血管・脳・神経の範囲に限られています。
 ただ、小説としては決してつまらないお話ではありません。神経細胞内の描写は非常に興味深いですし、ミニチュア化に関する部分もSF的に良く練られています。また、序盤ではヨワヨワだったモリスンの活躍も痛快です。他にも、潜航艇パイロットのデジニョーフが事ある毎に口にする、「おやじの口癖だが――」で始まる数多くの格言がコミカルで、良いアクセントになっています(各章の冒頭には先代デジニョーフの言葉が引用されています(笑))。

 前作小説も良い作品ではあるものの、映画のノベライズという経緯上、やはりどこかアシモフ氏らしくない部分が存在しました。二十年を経て書かれることになった本書は、本当の意味でのアシモフ版『ミクロの決死圏』と言えるかもしれませんね。

この記事へのコメント

  • X^2

    2の付いていない方はもちろん知っていたのですが、こちらの存在は迂闊にも知りませんでした。「体内での潜水艦対決」はいかにもハリウッドの考えそうな展開ですが、そうならなくて良かったような。
    この作品に限らず、近未来もので「ソ連」が登場するものがかなりありますよね。現実世界であそこまであっけなくソ連が崩壊してしまうとは、SF作家も想像出来なかったようです。
    2009年09月13日 20:18
  • Manuke

    「訳者あとがき」によると、アシモフ氏の前にフィリップ・ホセ・ファーマー氏が原稿を書かれたそうですけど、ボツになってしまったとか。ファーマー版『ミクロの決死圏2』がどんなお話だったのか、ちょっと興味が湧きます。

    > この作品に限らず、近未来もので「ソ連」が登場するものがかなりありますよね。現実世界であそこまであっけなくソ連が崩壊してしまうとは、SF作家も想像出来なかったようです。

    近未来ものは、予測できなかった科学的発見の影響も受けやすいですから、書き手の力量が強く問われる分野なのでしょうね。
    2009年09月13日 23:58

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