都市と星

[題名]:都市と星
[作者]:アーサー・C・クラーク


 本書『都市と星』は、超未来における不滅の都市ダイアスパーを舞台としたSF小説です。
 クラーク氏の作品群は、近い将来に起こりうる出来事を豊富な科学知識により緻密に描写した近未来SF、そして遥かな未来世界をイマジネーションで創り出す遠未来SFに大別されますが、本作は後者に属します。
 この『都市と星』、実はクラーク氏の初期作品『銀河帝国の崩壊』と基本のストーリーラインが同じ、言わば改訂版とも言うべきお話です。けれども、さすがに作者ご本人が書き直しを希望されただけあって、『都市と星』はディテールの深さを加味された非常に完成度の高いSF小説として仕上がっています。
 事実上不死の人々が繁栄を享受する、永遠の都ダイアスパー。しかし、そこで新たに生まれた青年アルヴィンは、その安寧を良しとせず、ダイアスパーの外へ出ることを願うのです。

 時代は今より十億年もの未来――かつて宇宙へと進出し銀河帝国を築いた人類は、既にその活力を失っていました。
 人々は砂漠の中へ埋もれるように存在する都市ダイアスパーの中でのみ暮らし、地球外どころか都市の外にすら興味を抱かない隠遁生活を送っていたのです。ダイアスパーの外にはもはや文明は存在しないと(市民には)考えられています。
 しかし、彼等にとって何ら不都合はありませんでした。何故なら、ダイアスパーは完全無欠の都市だったからです。
 そこに住む人々の寿命は長く、およそ千年もの期間に渡って、生まれたときからほとんど容姿が変化することなく生き続けます。しかも、肉体が滅んだ後も生前の記憶を記憶バンクと呼ばれるデータベースに保管し、後の世に新たな肉体を纏って復活することができるのです。つまり、ダイアスパーの住人は事実上の不死でした。
 人々は無限とも言える長大な人生を、仮想現実の遊びに興じたり、芸術活動に費やしたりして過ごしていたのです。
 ところが、ここで他のダイアスパー住人とは異なる一人の青年が登場します。
 アルヴィンは二十歳になる青年でしたが、彼は生前の記憶を持っていませんでした。他の人々が幾度もの生を繰り返してきたのに対して、彼だけは新しく生まれた、以前の記憶を引き継いでいない人間だったのです。
 そしてアルヴィンは、永遠の平穏に満たされたダイアスパーに我慢することができませんでした。彼は都市の外へ出ることを渇望し始めます。
 都市の中で様々な悪戯を仕掛けることを生業とする道化師ケドロンに協力を仰ぎ、遂にアルヴィンはダイアスパーの外にある場所リスへの道を発見します。けれども、そこですらアルヴィンの欲求を満たすことはできなかったのでした。

 本書の注目ガジェットは、やはり不滅の都市ダイアスパーでしょう。
 この作品におけるダイアスパーは、その不死性が『銀河帝国の崩壊』と微妙かつ決定的に異なっています。
 記憶バンクを経由し、記憶を別世代へ受け渡すことにより、その住民はダイアスパーが存在し続ける限り不滅です。記憶バンクに格納されている人格データは、各々の時点で存在する住人の数よりも多いようで、このため住人達は互いの顔を見飽きてしまうようなことはなさそうです。
 娯楽としては、物語(サガ)と呼ばれる仮想現実の中で様々なロールプレイを行うことが人気のようです。また、人々は芸術活動や学問、スポーツ等に興味を持ち、互いに交流を行っています。
 ある意味、これは理想郷と言うべき完全な都市ですね。諍いが存在せず、永遠の人生を謳歌することができるのですから。ただ、アルヴィン君はそれに満足できないようですけど(^^;)

 この『都市と星』は、前述の通り『銀河帝国の崩壊』の改訂・完全版という側面を持つため、そのお話の筋は共通しています。(決してレビューが手抜きなのではありません(笑))
 両作を比べてみたときにすぐ気付くのは、『都市と星』のディテールの細かさですね。特にダイアスパーに関する設定が良く練られ、説得力が増しています。
 この結果、『都市と星』は非常に完成度の高い作品となり、名作SFへの仲間入りを果たしたと言っても過言ではないでしょう。
 しかし、どちらのお話が好きかという点では、ファンの中でも評価が二分するようです。作品の質としては疑いなく『都市と星』に軍配が上がるのですが、面白さという点では『銀河帝国の崩壊』も決して捨てたものではない、というわけですね。(私は『銀河帝国の崩壊』派です)
 これはおそらく、ディテールアップの結果、作品の方向性自体が微妙に変化したことによるものなのでしょう。少々乱暴ですが端的に言ってしまうと、『銀河帝国の崩壊』はアルヴィンの物語であり、そして『都市と星』はダイアスパーの物語なのです。

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