宇宙への序曲

[題名]:宇宙への序曲
[作者]:アーサー・C・クラーク


 SF三巨匠の一人アーサー・C・クラーク氏の処女長編的作品です。
 少々ややこしいことに、クラーク氏の処女長編と呼ばれる小説は、本書と『銀河帝国の崩壊』の二つがあります。『銀河帝国の崩壊』が雑誌スタートリング・ストーリーズに掲載されたのが一九四八年(単行本化は一九五三年)、『宇宙への序曲』の刊行が一九五一年とのことですから、初出は前者が先ですね。ただ、本書は一九四七年に執筆が完了していること、また『銀河帝国の崩壊』は少々短いため中編に分類される場合がある等の事情があります。まあ、どちらが先かはさほど重要ではないかもしれません(^^;)
 けれども、内容的に両者には重要な違いがあります。『銀河帝国の崩壊』はジュブナイル(少年少女向け)要素が強い遠未来の物語であるのに対し、『宇宙への序曲』は緻密な考証で綴られる一級の近未来ハードSFです。描かれるのは、世界初の月旅行を目指す人々の物語です。

 一九七八年、アメリカ人歴史学者ダーク・アレクスン博士は、メディチ家に関する卓抜した研究を成し遂げました。そして、ルネッサンス期イタリアに対して興味を失い、新たな研究テーマを探していた彼は、ふとした偶然から現在進行中の月旅行計画をその対象とする羽目になってしまいます。
 三十三歳のダークは長らく科学というものから遠ざかっており、少しばかりの不安を感じずにはいられませんでした。しかし、彼の務める大学は、人類初の月旅行計画が歴史を変える大事業であり、その記録を未来に残す為に歴史学者が立ち会うべきだと判断したのです。
 ジェット旅客機でアメリカからイギリスへと渡ったダークは、インタープラネタリー・ソサエティー広報部所属のアルフレッド・マシューズに出迎えられました。そして、インタープラネタリーの各部署で働く人々との交流を通じ、ダークはこの巨大計画の意味を見いだそうと努力を始めます。

 本書の注目ガジェットは、宇宙船プロメテウス号です。
 プロメテウス号は上下二つの独立した部分からなる宇宙船で、上側がアルファ、下側がベータと呼ばれます。どちらも化学ロケットではなく、原子炉を搭載しています。
 このうちベータの方は飛行機に似た外見をしており、アルファやその他の貨物を地球の衛星軌道上へ運ぶ役割を担います。つまり、スペースシャトルに近い宇宙往還機ですね。大気圏内飛行中は原子力ラムジェット、大気圏外へ出てからは原子力ロケットに推進方法を切り替えます。
 一方、アルファはベータによる軌道上への打ち揚げ後、そこから月着陸を目指す為の純粋なロケットです。あらかじめベータがメタンの推進材タンクを打ち上げておき、その後アルファはそれとランデブーして月へ向かいます。現実のアポロ計画では、アポロ宇宙船は月周回軌道に乗り、月着陸船が月面へ降りた訳ですが、作中においてはベータは地球周回軌道でアルファの帰りを待つという違いがあります。
 ベータは空気取入孔から吸い込んだ空気を原子炉で加熱し、後ろに噴射することで推力を得ます。ラムジェットは低速では機能しないことから、ベータはオーストラリアの砂漠に敷設された打ち揚げレールの上で時速八百キロメートルにまで加速されてから飛び立ちます。
 なにしろプルトニウムの原子炉で加熱した空気をまき散らす為、打ち揚げ後しばらくは発射場へ近づくことができなくなります(^^;) 原子力ジェット/ロケットの原理は(技術的難易度はさておくとして)単純なものですが、今のご時世ではちょっと許容されそうにありませんね。

 この物語は、アポロ十一号が実際に月着陸を成し遂げる二十年以上前に書かれた小説であり、実際に行われたアポロ計画とは様々な意味で相違点があります。科学に疎い歴史学者の目線から綴られるストーリーは非常に地味ですし、終盤に用意されているアクシデントも申し訳程度です。(クラーク氏ご自身、本書を宇宙旅行の宣伝手段的フィクションと位置付けられていたそうです)
 しかしながら、本書の価値が既に損なわれたかと問われたら、私はNOと答えます。アポロ計画は大変有意義なものではありましたが、月調査後の展望のない単発のプロジェクトであったことは否めません。これに対し、本書のプロメテウス号はその先、月開発と他の惑星への進出を視野に入れています。まさに文字通り「宇宙への序曲」なわけです。
 既に短編小説で評価されていたクラーク氏は、本書をもって二十世紀最高のSF作家の座へと上り詰めることになります。驚くような展開は皆無ですけれども、それでも読者を感動させるに足る、本物の手応えがここにはあるのです。

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