マラコット深海

[題名]:マラコット深海
[作者]:アーサー・コナン・ドイル


 本書は推理小説界の大御所コナン・ドイル氏の描く深海冒険SFであり、同時に氏の最後の作品でもあります。
 ドイル氏は推理小説〈シャーロック・ホームズ・シリーズ〉で有名な他、ちょっと粗暴ではあるものの憎めない老科学者チャレンジャー教授をメインに据えた一連のSF作品を書かれています。この『マラコット深海』は〈チャレンジャー教授もの〉ではない独立したSFですけれども、若干キャラが被っているようにも感じられますね(^^;)

 遠洋蟹の青年研究者サイアラス・ヘッドリーは、あるとき高名な老生物学者マラコット博士から海洋調査への参加を打診されました。マラコット博士は科学に全てを捧げた偏屈な老人ですが、ヘッドリーは探検隊の使命に惹かれ、同行を決意します。
 小型汽船ストラッドフォード号に乗り込んだヘッドリーは、その上で陽気な機械工ビル・スキャンランと親しくなります。そしてスキャンランに、マラコット博士が海中を調査するつもりらしいと聞かされました。
 やがてマラコット博士はヘッドリーに対し、秘密にしていた航海の真の目的を打ち明けます。それは鋼鉄で作った潜降函に乗り込み、大西洋の深海底を探索しようという大胆な計画でした。ヘッドリーはやや尻込みしたものの、マラコット博士の熱意に当てられてその探検に参加することを決めます。同じくスキャンランも、自分の作った潜降函を世話する為に参加を申し出るのでした。
 やがてカナリー諸島の南西洋上へ到着し、マラコット海淵の周囲にある小高い山(かつての海底火山)の頂上、海面下五百五十メートルへと潜降する三人。ところが、突如現れた巨大な甲殻類が潜降函と船を結ぶ鎖を切断してしまい、彼等は更なる深海へと転落していきます。
 もはや助かる術はないと、三人は覚悟を決めました。しかし、潜降函が深さ八千メートル以上の超深海へ辿り着いたとき、彼等は驚くべき光景を目にします。
 そこには人間が棲んでいたのです。

 本書の注目ガジェットは、潜降函です。(原文では"steel cage"等と呼ばれ、固有の名称は与えられていない模様)
 マラコット博士が設計し、スキャンランによって制作されたこの装置は、縦横三メートル、厚さ四センチメートルの平らな鋼鉄板を組み合わせて作られた、深海へ潜るための箱です。四方の面には四十五センチメートルの丸い穴が穿たれ、硬質ガラスが埋め込まれた窓になっています。
 潜降函は洋上のストラッドフォード号から鎖で吊り降ろされ、海底へと到達します。潜降函と船は、鎖の他にも送気管・送電線・電話線で繋がっており、更に安全策として予備の空気や電池も備えてあります。
 非常に興味深いのは、類似した方法で現実に海底を目指す潜水球("bathysphere")が、本書とほぼ同時期に考案されていることです。潜水球の考案が一九二八年、本書の出版は一九二九年ですから一年違いですね。実際に潜水球が使用されたのは一九三〇年ですので、おそらくドイル氏はその存在をご存じなかったでしょう。もちろん、潜水球は圧力に強い球体かつ酸素ボンベ積載、そして潜降函は単なる立方体で空気は海上から供給と、重要な違いはありますけれど、深海探査の手法として気密されたケージを用いるという点は良く似ています。
 また、作中では潜降函の説明として、マラコット博士の「ナッソーでウィリアムスン兄弟商会のやった実験の延長に過ぎない」という台詞がありますが、これはおそらく一九一四年にウィリアムスン兄弟がナッソー周辺で世界初の水中動画を撮影したことを指しているものと思われます。どうやらこの動画、一九一六年公開の映画"20,000 Leagues Under the Sea"(ジュール・ヴェルヌ氏『海底二万里』が原作)で使用されたようです。もしかしたら、ドイル氏は映画を見て本書のストーリーを思いつかれたのかもしれません。

 科学の究明に熱心な老科学者と、それに振り回される主人公青年という構図では、本書は冒頭で触れた〈チャレンジャー教授もの〉と類似しています。
 もっとも、かなり苛烈な性格のチャレンジャー教授とは違い、マラコット博士はどちらかと言うと寡黙かつ穏やかなようで、周囲の人間からは(変わり者ではあるものの)尊敬を受けています。外見もヘッドリーが「生けるミイラ」と表現しており(酷い言い草です(笑))、厳つい体型のチャレンジャー教授とは異なりますね。まあ、巻き込まれる者にとっては二人とも厄介な人物ですけど(^^;)

 この『マラコット深海』は、科学考証という点ではかなり飛躍があります。
 マラコット博士はある仮説を持っており、深海での水圧は一般に言われている程高くないと考えています(そして実際に、人間の活動に支障のない程度の水圧であることをマラコット海淵の最深部で確認することになります)。
 博士はその根拠として、脆弱な深海生物が水圧に押しつぶされていないことを例に挙げますが、いくらなんでもこの理屈は無茶ですね(^^;) 一応ヘッドリーがこれに対して「内部でも外部でも水圧は同じ」と反論していますけど、却下されてしまいます。まあ、ストーリー的にも後半はファンタジー的色彩が強くなりますし、作中世界の物理法則か何かが我々の世界とは異なっているのだ、ぐらいに割り切ってしまうべきなのかも。:-)
 とは言うものの、当時誰も見たことのない超々深海の光景を知識と想像力を元に描こうとしたコナン・ドイル氏の力量は決して侮れません。ライトが形作る光のチューブに浮かび上がる深海魚達、降り積もった微生物の死骸(いわゆるマリンスノー)からなる軟泥に覆われた海淵の底、深海で繰り広げられる奇妙な生物の営みと、見知らぬ世界を幻想的に描写した部分は美しく、感動的です。

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