伝道の書に捧げる薔薇

[題名]:伝道の書に捧げる薔薇
[作者]:ロジャー・ゼラズニイ


 本書はロジャー・ゼラズニイ氏のバラエティに富んだ作品を集めた、傑作短編集です(原題は"The Doors of His Face, The Lamps of His Mouth, and Other Stories")。
 ゼラズニイ氏は『光の王』といった神話SFで知られる方ですが、同時に短編の名手でもあります。氏の持ち味である多彩かつ流麗な描写は、短編との組み合わせが抜群です。

◎その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯

 本来の表題作です。
 金星の海に棲息する、イクティザウルス・エラスモグナトス/板顎魚竜(原文は"Ichthysaurus elasmognathus"と"Ichthyform Leviosaurus Levianthus"の二種類、名称の異なる版がある模様)、通称イッキー。体長百メートルという超々巨体を誇るその怪物を釣り上げようと多数の者が挑み、そして誰一人果たせずにいたのです。ある者は命を落とし、そしてまたある者は全財産を使い果たして。
 主人公カールトン・デヴィッツは、イッキー捕獲の為だけに建造された巨大船テン・スクエア号に乗り込む餌つけ人(ベートマン)です。餌つけ人とは、イッキーが出現した直後に海へ潜って釣り針の先に繊細な装置である疑似餌・クネクネ虫("squiggler")を取り付けてくるという、恐ろしく危険な職業でした。
 そして、数々の人の手を渡り歩いてきたテン・スクエア号を所有し、イッキー捕獲を試みようとする者が新たに現れます。それは化粧品会社ルハリック産業の広告塔として働く女性ジーン・ルハリックでした。彼女は宣伝活動の為にイッキーを釣り上げることを望んでおり、テン・スクエア号を牛耳ってカールと対立します。ジーンは、カールのかつての妻だったのです。
 ただ巨大魚竜を捕らえることに命を賭する大馬鹿者達の、熱い物語です。

◎十二月の鍵

 人の子として生まれながら、寒冷惑星アリヨーナルに適応するため猫形態(キャット・フォーム)に改造されたジャリー・ダーク。それは、彼の両親がゼネラル鉱業株式会社と結んだ選択権契約によるものであり、我が子の将来を案じてのことでした。
 けれどもその目論みは、新星爆発という災厄によって潰えます。アリヨーナルは消滅し、ジャリーを含む二万八千人の猫形態達は、生命維持装置なしに生きられない状態になってしまうのです。
 しかし、当の猫形態達は決してそれを悲観したりはしませんでした。ジャリーを始めとする利殖の才能を持った者が投資を行い、その資金を元に別の惑星をアリヨーナルのような寒冷気候へ改造することを目指したのです、
 残念なことに惑星改造機は非常に高価であり、短期間で改造を完了させられるだけのお金を集めることは困難でした。そこで彼等は自分達を人工冬眠し、三千年の時間をかけてゆっくりと惑星改造が進む間を眠って過ごすことに方針転換します。
 ジャリーは恋人のサンザと共に、二百五十年毎に三ヶ月ずつ当直として目覚めながら、寒冷化していく惑星を見守り、来たるべき日を待ち続けます。
 ところが……。

◎悪魔の車

 マードックの乗る車ジェニーは、“プレイボーイ”風の赤いセダンを装った、“死の車”でした。名門ジーイェム("Geeyem":GMのもじり?(^^;))の特注品であるジェニーは、ボンネットの中にロケット弾、ヘッドライトの下に五十ミリの機銃、手榴弾、そしてトランクには火炎放射器を装備し、人間同様の思考能力を持つコンピュータを搭載しています。
 マードックが彼女を作ったのは、兄の敵である黒いキャデラック、デビル・カーを倒す為でした。デビル・カーは、人間に反逆し徒党を組んでガソリン基地を襲う野生の車達のリーダーです。復讐鬼となった彼は、ジェニーを駆りデビル・カーを追いつめようとします。

◎伝道の書に捧げる薔薇

 高名な詩人であり、言語学の大家でもあるガリンジャーは、探検隊の一員として火星へやって来ていました。彼はかなり高慢な人物ですが、その才能は誰もが認めざるを得ないものでした。
 ガリンジャーは火星人の族長マックワイに招かれ、彼等の宗教的・歴史的文書を拝謁する栄誉を与えられます。それまで知られていた口語とは異なる火星人の“高等語”を学び、ガリンジャーは文書を読み解くことに熱中するのでした。
 そしてある日、ガリンジャーは古代の伝道者ローカーの教義である火星人のダンスを見せられます。美しい娘ブラクサの踊る驚くべきダンスに、ガリンジャーは魅了されてしまうのです。

◎怪物と処女

 ある一族では、神に対して春と秋の二回、いけにえが差し出されることになっていました。最長老のリリクはそれに反対しますが、その訴えは退けられてしまいます。
 そして、恐怖に怯えるいけにえのうら若き処女の前に、怪物の神が姿を現します。

◎収集熱

 知性を持った鉱物・ストーンの傍らで、ある若者(ほぼ会話文のみで進行するため、名前も性別も不明)が何やら作業を行っていました。
 ストーンが興味を惹かれて声をかけると、若者は語り始めます。それは若者の大金持ちの叔父に関する話でした。

◎この死すべき山

 惑星ディースルには宇宙で最も高い山、“灰色の乙女”(グレイ・シスター)がありましました。全高六万四千メートルというその途方もない高さを征服した人間は、未だ存在しません。
 登山家のジャック・サマーズはディースルを訪れ、グレイ・シスターを目の当たりにします。仲間で登攀記作家のヘンリーや、ヘンリーが呼び寄せた新聞記者達には気のない振りをしますが、ジャックは既に山へ魅了されていたのです。
 エベレストの七倍強という巨大な山へ挑むことを決心した彼は、電報を打って宇宙の彼方から登山仲間達を呼び寄せます。そしてそれを待つ間、ジャックは麓の斜面の状態を確認すべく、単身で登山を試みます。

◎このあらしの瞬間

 ティエラ・デル・シグナス(白鳥の国)――ただ一つある大陸の形から、惑星と大陸の双方がその名前で呼ばれている星がありました。
 主人公ゴドフリー・ジャスティン・ホームズは、大陸最大の都市ベティで地獄警官(ヘル・コップ)を務める男性です。ヘル・コップは無数の飛行型監視カメラ・アイを飛ばし、辺境惑星にありがちな害獣の類いから市民を守る仕事です。
 ゴドフリーの主観年齢は三十五歳程ですが、光速未満の速度しか出ない宇宙船の中で眠りつつ宇宙を旅してきたため、実年齢は五百九十七歳でした。このため、人々はゴドフリーを見かけ以上の年長者として敬います。そして事実、彼はある意味老成していたのです。
 ある日、ゴドフリーはアイの観測から、これまで遭遇したことのない巨大な嵐がベティに襲いかかろうとしていることを発見します。彼は市長のエリナー・スカイラーと協力して、その災害に対処しようとするのですが……。

◎超緩慢な国王たち

 超スローテンポで生きる、傲慢なのにコミカルな王様達のお話です(^^;)
 グラン種族の二人の王ドラックスとドランは、グラン種族の最後の生き残りでした。二人は惑星と、たった一人の家臣である宮廷ロボットのジンドロームに対する統治権を分け持っていました。
 ドラックスは四世紀に渡る長考の末、ドランに対して銀河の他の惑星に生命がいる可能性を示唆します。ドランも数年考え込んだ後、これに同意しました。二人はジンドロームに対し、銀河を探検して新たに家臣となるべき生命を探すよう命じたのです。

◎重要美術品

 芸術家のジェイ・スミスは、自分の作品が評価を得られないことを嘆き、この世から解脱することにしました。彼は通信教育でヨガを学び、ニルバーナの境地に達するべく絶食して無念無想の状態になりますが、やがて空腹と勇気の不足により挫折します。
 すっかりスリムになったスミスは、いっそのこと自分自身が芸術になってしまおうと思いつきます。美術館に忍び込み、ギリシャ時代の部屋へ台座を置いて、その上で彫像に成り済まそうというのです(^^;)

◎聖なる狂気

 彼(名前不明)は異常な現象をしばしば経験していました。煙を吹き込むにつれ煙草は長くなり、口から冷たいマティーニを一口ずつ吐き出してグラスを満たしていくといったように、周囲のものが時間を逆行する現象です。
 医師は、その体験が現実ではないと彼に説明します。心痛によって誘発され、てんかん発作で促進された精神外傷後の運動性幻覚なのだと。
 自分が発狂寸前にあるのかもしれないと考えつつ、むしろそうなることを望んでいた彼でした。そしてある朝、これまで経験したことのない程長い発作が始まります。

◎コリーダ

 マイケル・キャシディは暗闇の中で目を覚ましました。可聴範囲を超える不快な超音波に追い立てられ、彼は裸のまま見知らぬ場所へまろび出ます。
 そこでは何やら人ではない黒い姿が彼の前に立ちはだかり、周囲からは群衆のどよめきのような音が浴びせかけられます。彼は自分でも分からない衝動に突き動かされ、その影へ向かって突進するのですが……。

◎愛は虚数

 主人公「おれ」(名前は明かされませんが、神話上の二柱のキャラクタを合わせた存在であることが間接的に示されます)はある晩、隣で寝ている妻ステラが、実は妻ではなく看守だったことを思い出します。そして自分が、偽りの記憶を与えられ〈別時間〉へ監禁されていたことも。
 彼は人ならざる超常的な力の持ち主でした。家を出ると、彼は車庫に置かれていたコンバーチブルに乗り込みます。そして、車を走らせながら現実を切り替え(シフト)し、牢獄からの脱出を図るのです。

◎ファイオリを愛した男

 ジョン・オーデンが死に瀕した太陽の下を散歩していると、美しい娘の姿をしたファイオリが悲嘆にくれているのを見かけました。
 ファイオリは人間が後ひと月で死ぬというときに現れ、余命の残りの間その者にあらゆる楽しみを与えるという不思議な存在です。しかし、ファイオリには生者しか目に入らず、死者を見ることができません。世界にはもはや生者はおらず、そしてジョン・オーデンもまた死者でした。
 ジョン・オーデンは悲しむファイオリを前に、再び生者に戻ることを決意し、その為のメカニズムを作動させます。

◎ルシファー

 カールスンは人々の死に絶えた都市へ二年ぶりに戻ってきました。誰もいない無人の町で、カールスンは清掃し、機械を点検し、燃料を補給します――ただひとときの間、都市の生命を呼び戻す為に。

 少し大仰な形容を許して頂けるなら(^^;)、本書には心を震わせる物語が目白押しです。
 中でも、人智を超えた巨大なものに立ち向かう『その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯』/『この死すべき山』/『このあらしの瞬間』の三作は圧巻ですね。いずれも決して長くはないのですが、思わず手に汗を握らされます。(個人的にお気に入りなのは『このあらしの瞬間』です)
 また、日本語版の表題作であるところの『伝道の書に捧げる薔薇』や、神話的イメージを持った『十二月の鍵』、名作ファンタジー〈真世界シリーズ〉(『アンバーの九王子』等)の前駆的短編『愛は虚数』といった辺りは人物の設定や心情描写が秀逸で、胸を強く打ちます。
 重いお話だけでなく、『超緩慢な国王たち』のようにコメディタッチの作品もあり、それが良いアクセントになっています。時間SF『聖なる狂気』では時間逆行現象の様子がコミカルながら、ラストは感動的というのも面白いですね。
 これらの作品を支える屋台骨が、冒頭で触れた描写力です。様々な表現を駆使して綴られる文章は、読者の脳裏に場面の情景をまざまざと浮かび上がらせてくれます。多数の名作が収録された、珠玉の作品集と言えるでしょう。

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