愛に時間を

[題名]:愛に時間を
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 本作はハインライン氏の〈未来史〉に連なる作品であり、シリーズ中最も人気の高い登場人物ラザルス・ロングをクローズアップした物語です。
 ウッドロウ・ウィルスン・スミス(ラザルス・ロングを含め多数の変名あり)は超長命の一族ハワード・ファミリーの最長老で、ハインライン作品の典型的な主人公です。強いバイタリティ・決断力と行動力・剛胆さ・独善性を併せ持ち、しかも大嘘つきという始末に負えない手合いですね(^^;)
 前作『メトセラの子ら』から二千年後――長い長い時間を生き、親しい知人を失うことを繰り返してきた彼にとって、果たして愛はどのような意味を持つのでしょうか。

 惑星セカンダスの木賃宿で、一人の老人が穏やかな死の瀬戸際にありました。
 その男こそはハワード・ファミリー最長老ラザルス・ロング。二十世紀から四十三世紀までを生き延びたただ一人の人間であり、彼に次ぐ高齢者はせいぜいその半分の年齢でしかありません。しかし、二千三百年を生き長らえ、あらゆることを経験し尽くしてしまった彼は、もはやこれ以上生を続ける意味はないと考えたのです。若返り処置を受けることを拒否し、ラザルスは誰にも看取られることなく老衰死を迎えようとしていました。
 ところが、セカンダスにラザルス・ロングがいることを知ったハワード財団臨時議長アイラ・ウエザラル(正式な議長の座はラザルスのために空席扱い)は、警官を総動員してラザルスを捜し出し、彼の同意を得ることなく若返り処置を始めてしまいます。
 死ぬ権利を侵害されて立腹するラザルスに対し、アイラは彼の長い人生経験を後の世に残すべきであること、そして現在惑星セカンダスの社会は硬直しかけており、別の惑星へ移民するために力を貸して欲しいことを願い出ます。
 色々と文句を言いながらも気のいい人間であるラザルスは、若返り処置を引き受ける代わりとして、連日自分の繰り言に付き合うよう命じ、そして自分が今まで経験したことのない新しい物事を見つけるよう持ちかけました。アイラはそれを承諾します。
 ラザルスが自分の半生を振り返りつつ、嘘とも本当ともつかない(^^;)エピソードを語っていく間、人格を持つコンピュータ・ミネルヴァはラザルスに新しい体験を模索し提案します。そのうちいくつかは、事実ラザルスの経験したことのないものだったのです。
 そのうち一つは、ラザルス・ロングの女性のクローンを作ること。そしてもう一つは――過去の時代へ時間旅行し、失われた愛する人達と再会することでした。

 本作の注目ガジェットは、鏡像双子(ミラー・ツイン)です。
 作中における鏡像双子とは、同じ両親から生まれた実の姉弟でありながら、互いに血縁関係のない双生児を指しています。一見するとあり得ないことのように感じられますが、実は科学的にはないと言い切れないシチュエーションです。
 我々人間の細胞は四十六本の染色体を持ちますが、これらは二つずつがペアになっています(性別を決定する性染色体のみ少し特殊)。子供は両親からそれぞれ二十三本の染色体を受け継ぐ訳ですけれども、この染色体は親の細胞の中にあるものと同一ではありません。配偶子(卵子・精子)が作られる際に四十六本から二十三本へと減数分裂が起こる訳ですが、このときペアの染色体間で遺伝子のシャッフル(交叉)が行われるからです。
 交叉はランダムに行われるため、任意の配偶子二つを比較したとき、各遺伝子は二分の一の確率で同じものになります。ところが、共通の遺伝子を一つも持たないことが保証できる配偶子の取り合わせがあるのです――簡単に言ってしてしまうと、それは減数分裂の片割れ同士の場合です。シャッフルを行った相手は、文字通り鏡像のように異なる遺伝子だけを有します。
 父母それぞれから提供された二組の片割れ同士の卵子・精子が受精した場合、生まれた兄弟は(両親に血縁関係がなければ)遺伝的に血縁関係を持ちません。これを鏡像双子と呼ぶ訳ですね。もちろん、こんな偶然が自然に起きる可能性は皆無と言っていいでしょうから、作中の鏡像双子は減数分裂の段階から人工的に選別されているようです。
 面白いのは、鏡像双子は単なる赤の他人と区別がつかないことです。鏡像双子が登場するのはラザルス・ロングが回顧するエピソードの一つで、非常に珍しい鏡像双子の奴隷として売られていた姉弟を身請けして育てる話なのですが、ラザルス自身も奴隷商人に担がれたのかもしれないことを認識しています(^^;)

 作中には遺伝子絡みのエピソードがいくつか登場します。(長寿一族ハワード・ファミリー自体が優生学的手法から作り上げられたものですし)
 あらすじで述べた、ラザルスの女性版クローンもその一つですね。人間の性染色体にはXとYの二種類がありますが、XYの組み合わせで男性、XXの組み合わせで女性が誕生します。この場合、ラザルスの細胞からY染色体を取り除き、X染色体を複製すればラザルス本人とほぼ同一の遺伝子を持つ妹が誕生する訳です。
 このラザルスの妹は二人作られ、ラピス・レイズリ(レイズ)とローレライ・リー(ロー)と名付けられます。兄に似て、かなり扱い辛い人物のようです(笑)

 題名の『愛に時間を』(原題:"Time Enough for Love")は、「愛する人達と再会するためのタイムトラベル」と、「二千年という時間さえ、愛を語り尽くすには短過ぎる」といった意味をかけているのだと思われます。また、若返り後のラザルスはある人物に、老衰死を望んでいた自分は心を病んでいたのだと説明します。
 おそらくそう読むのが正しいのでしょう。大体、ラザルス・ロングというキャラクタに自殺は似つかわしくありませんし。
 しかし、この解釈は読み違いだと感じつつも、個人的には逆の印象も受けてしまうのです。活力を取り戻したラザルスこそが、実は狂気に囚われてしまったのではないかと。
 二千三百年の時間は、愛を語り尽くすには足りないのでしょうか? それとも、愛を見失うに十分なのでしょうか?

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