月は無慈悲な夜の女王

[題名]:月は無慈悲な夜の女王
[作者]:ロバート・A・ハインライン


 ミスターSFことハインライン氏の手による本書は、近未来の月世界における革命を描いたお話です。数ある氏の小説の中でも、ある意味最もハインライン的な作品かもしれません。
 舞台となる月世界は個人主義を尊ぶ独特の社会を形成しており、その描写こそが本書の核と言えるでしょう。行動を律する法律すらない無政府状態の中にありながら、人々は互いを尊び、自律的な平和を保っています。
 しかしながら、月世界には静かに破滅のときが迫っていました。自らを奴隷として使役する地球に対し、月世界人は反旗を翻します。力の差は歴然としていましたが、月側には切り札があったのです――世界で唯一、自我に目覚めたコンピュータが。

 この物語における月世界は、かつて流刑地でした。犯罪を犯して送り込まれた者、政治的に追放された者、そして何らかの理由で志願した者(流刑者の家族等)が月世界人の出自なのです。決して逃れることのできない牢獄の住人は、流刑者の子供達を含めて数百万人にまで膨れ上がり、単なる刑務所以上の勢力となりつつあります。
 そうした月世界人の一人、コンピュータ技術者マヌエル・ガルシア・オケリーには秘密の友人がいました。自我に目覚めた月世界行政府のマスターコンピュータ、マイクです。マイクが自意識を持つと知っているのはマヌエルだけであり、それ故に彼はマイクの唯一の友人でした。
 そんなマヌエルはある日、某所で行われた秘密集会にたまたま参加することになります。ところがそこで行われていたのは、行政府の圧政に対して立ち上がることを呼びかける革命集会だったのです。
 月世界で生産される作物や電力は地球に輸出されています。しかし、それに対する見返りは雀の涙程でした。しかもなお悪いことに、月の貴重な水資源が小麦に姿を変えて地球に送り出され、戻ってくることはありません。このままでは早晩、月社会が成り立たなくなってしまいます。
 行政府側の用心棒の乱入により革命集会が中断された後、マヌエルは女性革命家ワイオミング・ノット、そしてベルナルド・デ・ラ・パス教授に対してマイクの存在を打ち明けます。そして三人は、マイクを核とした革命組織を結成することになりました。
 かつて牢獄であった月世界には、削岩用のレーザーぐらいしか武器になるものはありません。地球に対して反乱を起こすのには心もとない状況です。しかし、それに対する回答をマイクは持っていました。物量に勝る地球に対抗できる強力な武器、それは月そのものにあったのです。

 本書の注目ガジェットは、月世界植民地です。
 前述の通り、月世界はかつて犯罪者の流刑地でした。居住区の外は真空の世界であり、宇宙船なしには決して脱出できないという、アルカトラズなんか目じゃない鉄壁の牢獄ですね(笑)
 そうした経緯から、二十一世紀後半の月世界は少々荒っぽいながらも個人の独立心を尊重する社会となっています。社会を過度に乱す輩はほとんど存在しません。なぜなら、粗野な人間はエアロックから真空の月面へ追放されてしまうからです(^^;)
 また、元が牢獄なだけに男女比は2対1と、少々バランスを欠いています(かつては更に比率が偏っていたようです)。このため月世界では女性がとても大切にされており、女性にわずかでも乱暴を働く男は即座に報いを受けることになります。
 その影響で、月世界での結婚形態はかなり複雑なものとなっています。一人の女性が複数の夫を持つことは珍しくなく、家系型や部族結婚と呼ばれる更に混み入った形態も存在します。
 月世界にはまだ政府も法律もなく、このため税金も存在しません。その代わりとして、空気も道路も全てが有料です。裁判ですら、個人が有料で裁判官を引き受けるという徹底ぶりです(^^;) この状況を端的に表す言葉として、有名なSFジャーゴン「タンスターフル(There Ain't No Such Thing As A Free Lunch:無料の昼飯などない)」が作中に登場します。

 主要人物は、好青年のマヌエル・知的で勇敢なワイオ・賢く政治駆け引きに長けた教授のいずれも魅力がありますが、最も重要かつ愛すべきキャラクタはマイクでしょう。
 月世界行政府の主計算機ホームズ4に自我が芽生えていることに気付いたマヌエルは、彼をマイクロフト・ホームズ(名探偵シャーロック・ホームズの兄)と命名しました。本体は冷たいハードウェアの塊なわけですが、ジョークが大好きな人間臭いコンピュータですね。莫大な知識を有しながら、メンタル的にはまだ子供であり、悪戯が大好きです。
 月世界の革命運動は、マイクの存在があってこそです。架空の革命指導者アダム・セレーネに扮して人々を導いたり、様々な局面でコンピュータならではの能力を発揮したりと、作中で大活躍してくれます。あまたのSFに登場する自意識を持つコンピュータの中で、最も魅力的な存在の一つと言っても過言ではないでしょう。
 秘密の電話番号MYCROFTXXXに電話して、マイクに話しかけたい――本書を読み終えた後、私はそんな風に感じてしまうのです(^^;)

この記事へのコメント

  • ちゅう

    これを読むまでは、ハインラインがキライでした。これを読んで180度転換。

    ワタシは、無政府主義者だということがよくわかりました(^^;

    全編にわたってマヌエルが淡々と述べる、数行ごとのエピソードは、ちょいと想像力を駆使するだけで、ひとつの独立した幕間のドラマとして楽しめます。

    いま、ひさびさに読み直しています。
    2011年11月26日 08:06
  • Manuke

    マヌエルはコンピュータ技術者なのも、個人的に共感を覚える点です。

    ハインライン氏のお話で無政府主義者というと、あとはラザルス・ロングもそうですね。
    あちらはあまり好人物とは言い難いですけど(^^;)
    2011年11月27日 01:12
  • ちゅう

    実は、教授とラザルス・ロングを一緒くたにしてました(^^;

    あの逃亡中の宇宙船の中で、若いカップルのお産を一人でこなすのはロングだったのですね。はじめは無重力で、そして赤ん坊の頭が見えてくると、用意したペダルを踏んで重力をかけて受け止める場面。

    ショックを受けたのは、母親が気づかないうちに生まれた赤ん坊を調べ、五体満足なのを確認したところです。もし生存にハンディを背負うような状態だったら、ロングがなにをしただろうかは、明確に読者に伝わってきました。

    合わせて彼のプラクティカルなところに、宇宙船で見つけた拳銃についてのコメントがありました。

    前の持ち主が物事を良くわかっていることが一目瞭然。照星が削り落としてあった。
    2011年11月28日 20:51
  • Manuke

    ラザルス・ロングは理屈より行動の人ですからね。
    もっとも、無政府主義者と言っても、彼は個人主義の傾向が強いですから、革命とは距離を置くタイプのような気がします。
    味方にすると心強いですけど、ラザルス・ロングの信頼を得るのは大変そうです(^^;)
    2011年11月30日 00:36

この記事へのトラックバック