火星の砂

[題名]:火星の砂
[作者]:アーサー・C・クラーク


 本書『火星の砂』は、題名通り火星を舞台とした近未来SFです。
 巨匠クラーク氏の描かれるのは、初期の惑星探査を終え、単なる探検基地から人の定住する入植地へと変貌を遂げようとしている火星です。希薄な大気と荒涼とした大地に足がかりを作った人々は、火星を更に住み良い環境へと作り替えるべく努力しているのです。
 この新たなる開拓地である赤い惑星に、SF作家のギブスンが訪れることを契機に大いなる変化が巻き起こります。そしていくつかの出来事を通じて、ギブスン自身もまた人間的に成長していくのでした。

 物語の舞台は、明記されませんがおそらく二十世紀後半です。この時代、人類は太陽系内にていくつか有人探検を済ませています。
 そんな中、次第に発展を遂げつつある火星と地球との間に、宇宙船による定期航路が開設されることになりました。この第一号乗客として、SF作家のマーティン・ギブスンが選ばれます。
 ギブスンは作家としてそれなりの名声を得ている中年男性です。少々責任感に欠けるところはあるものの、好奇心旺盛でなかなかの鋭さを持つ人物であります。彼はルポライターとして火星へ赴き、その有様を地球へ伝えることを目的としていました。
 宇宙船アレース号は処女航行として六名の乗組員と一人の乗客を乗せ、一路火星を目指します。途中、乗組員の一人がギブスンと因縁浅からぬことが分かったり、小さな事件が起きたりしますが、おおむね順調にアレース号は三ヶ月ほどの旅を終えるのでした。そしてギブスンは火星表面へと降り立ちます。
 しかし、そこでのギブスンは歓迎されざる客でした。入植地の人々は火星をより良い環境にすべく働いていて、あちこちかぎ回るルポライターは邪魔者扱いです。しかも間の悪いことに、火星ではとある秘密の計画が進行している最中だったのです。
 けれどもギブスンはそんなことではめげません。人当たりの良い性格のせいもあって、ギブスンは人々の中に入り込み、そして謎の“暁計画”へと接近していきます。
 そうした中、ギブスンは飛行機で移動時、火星に発生した巨大な砂嵐のせいで遭難してしまいます。ところが、この事故は思いもよらない発見に繋がり、火星と地球の関係のみならずギブスン自身の生き様にも影響を与えていくことになるのでした。

 本書の注目ガジェットは、火星とその入植地です。
 火星は大気が薄いため、人々はドーム状の天蓋を作ってその中で生活しています。ドームは透明なビニールで作られ、内側に充填された空気によって膨らんでいる訳です。
 この火星入植地、維持に莫大な費用がかかる割に見返りが得られないということで、地球からは厄介なお荷物と見なされているようです。入植者達はその評価を覆すべく、より良い居住環境を目指して努力を続けています。
 本書での火星描写は、書かれた時代もあって少々科学的には古いものになってしまっていますね。例えば作中に「火星には山がない」という記述がありますけれど、実際の火星にはオリンポス山という太陽系最大の火山が確認されています。けれども、これはマリナー火星探査機がオリンポス山を発見する前に書かれた小説なのですから仕方がないことでしょう。
 それよりも、火星に関する様々なことが判然としていなかった時代にこれほど説得力のあるSF小説を書くことができる、クラーク氏の科学知識に裏付けされたイマジネーションこそ驚嘆すべきかもしれません。ハードSFとしての価値はいささか減じてしまいましたが、根底に流れるセンス・オブ・ワンダーは輝きを失わずそこにあります。

 なお、クラーク氏作品の主要人物としては珍しく、ギブスンは人間臭い弱さを持ったキャラクタです。どちらかと言うとクラーク氏の小説では科学考証の部分が優先され、人物設定はおざなりにされる感がありますけど(^^;)、本書ではギブスンと他の人物の関わりもストーリーの中で重要な意味を持っています。
 少々俗物で、駄目人間的な部分を持つギブスンですが、火星という環境で自分の位置づけを見つめ直していくことになるのです。

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