未来の二つの顔

[題名]:未来の二つの顔
[作者]:ジェイムズ・P・ホーガン


 本書『未来の二つの顔』は、緻密な設定を得意とするホーガン氏の手による、人工知能と人の関わり方を描いた作品です。
 知性を持ったコンピュータ(あるいはロボット)を扱うSF作品では、しばしばコンピュータが人間に反乱を起こすという展開を見ることができます。ロボットSFの巨匠であるアイザック・アシモフ氏が『フランケンシュタイン・コンプレックス』と揶揄した、少々ステレオタイプのストーリーです。が、何故コンピュータが反乱を起こすのかに関しては、大抵の場合深い考察がなされることはありません。
 本書に登場するコンピュータ、スパルタクスも人間に対して反乱を起こします。しかし、凡百のストーリーとは全く異なり、スパルタクスには明白な動機があるのです――人間自身が反乱を起こさせるよう仕向けるという。
 将来、人工知能が制作者の予想を超えた知覚能力を獲得したとき、果たして人間はコンピュータを止めることができるのか。この疑問を解決するために、スペースコロニーを使った壮大な実験が行われることになります。人とコンピュータの知恵比べの結果やいかに。

 物語はまず、月面における重大事故から幕を開けます。
 月に建設中のマスドライバー工事にあたって、尾根をまるごと削岩する必要があったため、作業に当たっている人間がコンピュータにそれを指示しました。緊急度高・制限事項なしと。
 そして指示を受けたコンピュータは、別のマスドライバーを使って工事現場を爆撃するという大胆な手段を選んだのです。この結果、尾根の除去はわずか二十分で完了するという『大成功』を収めました。ただし、現場の人間は危うく命を落としてしまうところでしたが(^^;)
 もちろん、これはコンピュータのせいではありません。その人工知能HESPERは言われた通りに任務を遂行したのであり、指示した人間が悪いとも言えます。そもそもHESPERは人間が何かすら理解していないのですから。しかし、制作者すら思いもよらなかったHESPERの推論能力の高さに、このままコンピュータを放置していたらいずれ人間の手に負えなくなってしまうのではないか、と人々は疑念を抱き始めます。この時代、コンピュータは人々の生活に入り込み、様々な身の回りの管理を行っていました。コンピュータ抜きでは不便、しかし放置するのは不安なわけですね。
 この状況を打破するため、HESPER開発の責任者レイモンド・E・ダイアー博士は思案の末、実験してみればいいではないかと思いつきます。つまり、実際に危惧される状況を意図的に作り出し、人間がその人工知能に対処できるかを確かめてみるというものです。
 ダイアー博士の案に従い、新造スペースコロニー・ヤヌスという人工環境において壮大な実験が開始されます。スパルタクスと名付けられた人工知能にコロニーの運用を任せた上で、スパルタクスの電源を連続的にオン・オフするという『攻撃』を行うのです。システムの保全を任されている以上、スパルタクスはその障害を取り除くよう行動するはずです。最後まで電源を落とす手段を持ち続けられれば人間の勝ち、完全な妨害に成功すればスパルタクスの勝ち、というわけです。
 かくして、人とコンピュータの関わり方を占う勝負がここに始まりした。人とコンピュータが共存するか、それともコンピュータ抜きか――未来の二つの顔を選ぶ知恵比べは、しかし予想外の展開を迎えるのです。

 本書の注目ガジェットは、次世代人工知能であるスパルタクスです。
 ヤヌスにおける実験に当たって、スパルタクスにはあらかじめ生存本能とも言うべき命令が与えられています。この結果、自分の電源のオン・オフが繰り返されることをスパルタクスは危惧し、それを食い止めようと様々な行動をとります。人間側はその対処を受け、更に別の方法で電源を脅かそうとし、かくしていたちごっこが始まる訳です。
 実験の当初、スパルタクスには限られた知覚能力しかありません。けれども実験が進行していく過程で、スパルタクスは様々なことを学習していきます。当初、カメラに映る“影像”としてしか認識していなかったもの(人間)が、実はスパルタクスの状態を脅かすものと何か関連があるらしい、といったように。
 このスパルタクス、SF作品に登場するコンピュータにありがちな『嘘くささ』があまり感じられない点も重要です。もちろん、今はまだ人工知能と呼べるものが存在しない以上、あくまで空想上のものではありますけど(^^;)
 ホーガン氏は(今は亡き)コンピュータ会社DECでセールスエンジニアをされていたことがあるそうで、その辺りが地に足の着いた描写と結びついているのかもしれません。

 また、実験の舞台であるヤヌスも見所です。
 ネーミングの由来はもちろん、ローマ神話に登場する双面の神ですね(一月の英語表記"January"は『ヤヌスの月』という意味)。正面と背面に顔を二つ持ち、未来と過去を見据えているわけです。
 本書でのヤヌスは、ドーナツ型の回転部分と筒状の軸部分からなるスペースコロニーです。大まかな形状は横から見ると『T』の字型で、横棒に相当する箇所が回転部分です。回転部分の直径はおよそ二・四キロメートル、軸の長さも同じぐらいでしょうか。
 回転部分では、遠心力によって疑似重力を生み出しています。約七十三秒で一回転していますから、ドーナツの内側ではおよそ〇・九Gの力が発生しているはずです。一方、軸部分は回転しておらず、両者は回転軸分離帯によって接合しています。
 ヤヌス内部では、ベルリンやパリ、ピッツバーグといった地名が各所に付けられているのが面白いですね。名称と位置の対応は作中で図示されていますので、読み進める前に覚えておくと、物語の進行が把握しやすいかもしれません。

この記事へのコメント

  • goldius

    はじめまして、私はSFのオールタイムベスト1は「未来の二つの顔」だと思ってますが、それを一番最初に記事にしているここに狂喜しました。
    TBさせて下さい。これからも一週間に一度ぐらいのペースでTB貼ってよろしいでしょうか?、
    2006年10月22日 19:51
  • Manuke

    『未来の二つの顔』は私も大好きな作品の一つです。
    中でもスパルタクスがお気に入りですねー。特に最後の台詞辺りは思わずジーンとしてしまいます(^^;)

    トラックバックはご自由にお張りください。むしろ大歓迎です。
    2006年10月23日 00:47
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Excerpt: 信じられないぐらい凄くて面白い素晴らしい作品。 SFのオールタイムベスト1だ! ん?「創世記機械」の時も同じような事を書いた気がする。 J・P・ホーガンの作品が10作訳されてしまったら、 古今..
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Tracked: 2006-10-22 19:47