月世界へ行く

[題名]:月世界へ行く
[作者]:ジュール・ヴェルヌ


※このレビューには前作『地球から月へ』のネタバレがあります。ご注意ください。

 本作『月世界へ行く』は、近代SFの父ジュール・ヴェルヌ氏によるリアリティに溢れた物語、『地球から月へ』の続編に当たります。両作合わせて〈月世界旅行〉と捉えた場合、後編に相当する作品です。
 前作が月面まで届く超巨大な大砲の建設と有人の砲弾発射までを描いたのに対し、本作では砲弾に乗って宇宙旅行をする場面が扱われます。『地球から月へ』はどちらかと言うと架空の計画そのものがテーマでしたが、『月世界へ行く』は冒険物語に当たります。
 さすがに十九世紀半ばに想像で書かれたものであるため、実際の宇宙旅行では起こらない間違いがいくつか見られますけど、それでも当時判明していたことを基準に考えれば非常に綿密な科学考証が行われていると考えるべきですね。むしろ、宇宙旅行が実現した後のSF作品にすら見られない天体物理学の法則に関する理解を読み取ることができ、ヴェルヌ氏の知識の深さと想像力の豊かさには驚かされます。

 十二月一日の午後十時四十六分四十秒、フロリダに建造された巨大コロンビヤード砲は大砲クラブ会長バービケーン、装甲板専門家ニコール大尉、フランス人冒険家ミシェル・アルダンの三人を乗せた砲弾を月に向かって打ち上げました。
 続く数日間は悪天候に見舞われ、三人の乗る砲弾の行方を知ることが不可能でした。十二日になってようやく空が晴れ、大砲クラブ書記J・T・マストンはケンブリッジ天文台所長ベルファストと共に、望遠鏡で砲弾を探しました。
 その結果、砲弾は狙いを外し、月を周回する楕円軌道に乗ってしまったことが確認されます。それは、砲弾乗組員が月へ到達できず、地球へ帰還することもないということを意味します。(ここまでが『地球から月へ』の部分)
 しかし、この報告は誤報でした。(前作の末尾を飾った悲劇的な感動は、なかったことに(笑))
 バービケーン達三人は発射の衝撃を切り抜け、月へ向けて驀進する砲弾の中で無事目を覚ましました。砲弾は気圏を突き抜けて、真空の宇宙へと飛び出すことに成功したのです。
 喜び合う彼等でしたが、そのうちに奇妙なことが起こります。窓の外に大きな丸いものが見え、それがみるみる近づいてきたのです。あわや衝突かと思われましたが、弾丸はかろうじてその物体の間近を通過しました。バービケーンはその物体が、天文学者プティ氏が主張する地球の第二の月だったのだろうと推測します。
 旅の途中、改めて砲弾に必要な速度を検算してみたバービケーンとニコールは、月に辿り着くための初速が大気圏内の摩擦を考慮していなかったことに気付いて愕然としました(前作のフォローと思われます)。しかし、幸いにして巨大コロンビヤード砲の威力は想定以上のものであったため大事には至らず、彼等は胸を撫で下ろします。
 酸素過多のせいで酔っぱらったような状態に陥ったり、地球と月の引力が均衡する点で束の間の無重量状態を楽しんだりした三人。けれども、月が接近するに従いある事実が判明します――謎の理由により狙いが逸れ、砲弾は月に到着しないのだと。
 果たしてバービケーン、ニコール、ミシェルの運命やいかに……。

 本書の注目ガジェットは、月旅行です。(厳密に言うと、月面には着陸しませんが(^^;))
 この作品以前でも、より空想的な意味であれば月へ向かう物語はいくつも存在します(シラノ・ド・ベルジュラック氏の『月世界旅行記』とか、日本の昔話『竹取物語』とか)。しかし、本作は想像よりも科学的考証を優先しているという意味で、それらの作品とは一線を画します。
 作中では、現実にガガーリン宇宙飛行士が大気圏外へ飛び出し、アポロ八号が月周回を成し遂げる百年近く前に、大気圏脱出・真空中の飛行・月周回といった出来事を描写するという離れ業が行われています。実際の宇宙旅行に使われたロケットは無論のこと、飛行機すら存在しなかった一八七〇年のことですから、その緻密さには驚くばかりです。
 もちろん、今の我々から見て誤りと分かる部分はいくつか存在します。その中で一番分かりやすいものは無重量状態ですね。物語中では、地球と月の引力が等しくなる点(今風に言うとラグランジュL1)へ差し掛かったときだけ砲弾内部が無重量状態になるという描写がありますが、実際には大気圏を抜けた後はずっと無重量状態が続きます。他にも、真空中の温度に関する部分はあまり現実とは一致しないようです。
 しかし、知識として知っていれば間違いを指摘するのは誰にでもできます。ヴェルヌ氏はそれを科学と想像で補ったわけですから、むしろ非日常的でありながらも正しい描写が数多い部分にこそ注目したいところです。
 また、例えばあらすじ中にある第二の月を提唱した天文学者フレデリック・プティ氏は実在の人物で、フランスのツールーズ天文台所長を務めた方です。現代では否定されてしまう一部の設定や描写も、十九世紀においては非科学的な空想ではなかったわけですね。月面に様子に対する執念深い程の詳細な描写も(^^;)、ヴェルヌ氏が天文学に精通していたことを伺わせます。

 本書の非常に興味深い特徴は、月への冒険旅行という完全に架空の物語であるにも拘らず、空想的な要素があまり含まれない点です。前作『地球から月へ』にも共通する部分ですが、あちらは地球上での出来事に終始するのに対し、こちらは当時は未知の世界だった宇宙が舞台です。同じ冒険譚である氏の前々作『地底旅行』と比較してみると、ずっと徹底していることが分かります。
 一例を挙げてみましょう。当初の狙いを逸れた砲弾は、月をかすめてその背後へと回り込むわけですが、ここで当時の人類が目撃したことのない月の裏側が描写されることはほとんどありません。何故なら、砲弾は満月を狙って打ち上げられたため、その裏側は太陽の光が当たらず真っ暗だからです(^^;)
 例外的に、ある幸運からバービケーン達は一瞬だけ月の裏の風景を目にする機会を得ますが(科学に基づかない純粋に空想的な描写は、ここ及びあと一カ所ぐらい?)、それさえも束の間の出来事であり、幻影や錯覚だったかもしれないと補足されています。
 普通の作家さんであったら、誰も見たことがない月面の風景を作品独自の形で描くことに抵抗は感じないでしょう。これは小説なのですから、事実ではない空想が盛り込まれていても、誰も怒ったりはしませんし。
 しかし、ヴェルヌ氏はこのお話においてそうした手法を取りませんでした。宇宙旅行という非日常の場において、なお徹底的に科学考証を追求しているわけですね。
 作中に三体問題や方程式、月面にある様々なクレーターとその観測といった科学的知識が頻出するため、衒学的だと評されたこともあるようです。しかし、本書において、そうした要素は明らかに説得力を増す方向に働いています。
 こうした手法は、数十年後に形成されることになるハードSFと共通しています。物語性よりも科学的考証の正しさを優先する、SFの中でも極北に位置するジャンルですね。これが黎明期になされたことで、後のSFに多大な影響を及ぼしたのは間違いありません。
 ジュール・ヴェルヌ氏がSFの父と呼ばれる本当の理由が、この〈月世界旅行〉二作を読めばお分かりいただけるはずです。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    ヴェルヌを読んだのは「2万里」と「地底旅行」のみだったので、Manukeさんのレビューで興味を持ち読んでみました。(「地球から月へ」は現在は手に入れるのは難しいようで、Amazon中古でちくま文庫4800円を見つけましたがさすがに手は出せずで、後編の本書のみです)

    驚いたのは、Manukeさんも書かれてますが、結局月には着陸せず眺めてくるだけなのですね。タイトル的には「月軌道周回旅行」とかにしないと詐欺と言われそうな?

    メリエスの映画「月世界旅行」では砲弾宇宙船が月に突き刺さってたので、てっきりそのように着陸するのだと思ってました。が、いろいろネットを見ると、メリエス映画の後半はウェルズの「月世界最初の人間」も混ぜているということですね。(私は未読なのですが)

    今回、創元文庫版で読みましたが、かわいそうなワンちゃんの死骸が砲弾宇宙船から外に捨てられても、同じ軌道のままそばをずっとついてきてるという話に忠実な挿絵が前半にありますが、物語終盤でも(小説上ではもうワンちゃんのことには全く触れられてないのに)、まだしつこくワンちゃんの死骸が宇宙船のそばに挿絵では描かれていて、挿絵師の妙な拘りに笑いました。

    確かにこのような小説が世に出ると、読んだ人は皆「本当に月へ行くにはどうすればいいんだ?」と熟考を始めそうで、その後のロケット開発研究に大きく貢献したのだろうなあと思いました。
    2015年06月07日 18:59
  • Manuke

    > (「地球から月へ」は現在は手に入れるのは難しいようで、Amazon中古でちくま文庫4800円を見つけましたがさすがに手は出せずで、後編の本書のみです)

    そうなんですよね。
    私もレビューを書いたときには入手困難だったので、頑張って英語翻訳版を読みました(^^;)
    今だと、どうやら電子書籍版なら入手可能なようですね。

    > メリエスの映画「月世界旅行」では砲弾宇宙船が月に突き刺さってたので、てっきりそのように着陸するのだと思ってました。が、いろいろネットを見ると、メリエス映画の後半はウェルズの「月世界最初の人間」も混ぜているということですね。(私は未読なのですが)

    月の顔に砲弾が突き刺さる奴ですね(^^;)>映画
    なるほど、ウェルズ氏のお話からもインスパイアされているのですか。
    本作と『月世界最初の人間』は、似た題材なのにヴェルヌ/ウェルズ両氏のスタンスの違いがはっきり現れていて、なかなか興味深いです。

    > 今回、創元文庫版で読みましたが、かわいそうなワンちゃんの死骸が砲弾宇宙船から外に捨てられても、同じ軌道のままそばをずっとついてきてるという話に忠実な挿絵が前半にありますが、物語終盤でも(小説上ではもうワンちゃんのことには全く触れられてないのに)、まだしつこくワンちゃんの死骸が宇宙船のそばに挿絵では描かれていて、挿絵師の妙な拘りに笑いました。

    ありますねー(^^;)
    このイラスト、どうやら原書(フランス語版)と同じもののようです。
    イラストレーターがきっちり物語を読んだ上で挿絵に反映してくれるのは嬉しいですね。

    > 確かにこのような小説が世に出ると、読んだ人は皆「本当に月へ行くにはどうすればいいんだ?」と熟考を始めそうで、その後のロケット開発研究に大きく貢献したのだろうなあと思いました。

    荒唐無稽すぎず、現実的すぎないという匙加減が絶妙です。
    当時の読者は、さぞ読みながら心を躍らせたのでしょうねー。宇宙旅行が実現した今読んでも面白いのですから。
    2015年06月10日 01:38
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