地球から月へ

[題名]:地球から月へ
[作者]:ジュール・ヴェルヌ


 SFというものは科学を扱ってはいますが、フィクションであり、その本質は娯楽です。基本的にSFは科学技術の進展を享受する側にあります。
 けれども時として、SFという夢をきっかけに科学技術が促進されることもあります。その最初にして最大のものが、この『地球から月へ』でしょう。
 世界初の近代SF『地底旅行』のヒットを受け、ジュール・ヴェルヌ氏が再び科学に軸足を置いて書かれたのが本作で、次作『月世界へ行く』と二作品合わせて〈月世界旅行〉と呼ばれることもあります。人によっては本作こそがSFの嚆矢だとすることもあるようですが、いずれにせよSF黎明期の作品ですね。
 本書の驚くべき点は、そのリアリティです。もちろん、現代の私達はこの方法では月へ行くことができないと知っているわけですが、それでもなお魅力を感じさせるパワーを秘めています。
 そして、本書の誤りは大きな成果をもたらします。『地球から月へ』を読んで熱狂した十九世紀の少年達の一部が、こう考えたのです――「それなら、どうすれば本当に月へ行けるのだろう?」と。

 アメリカ南北戦争中、メリーランド州ボルチモア市にて、あるクラブが結成されます。
 それは大砲の発明家達で構成されたスペシャリストの集団、大砲クラブでした。彼等は主に軍隊経験者で構成され、戦場での経験を元に大砲・榴弾砲・迫撃砲の改良という目覚ましい成果を上げます。その結果、アメリカの火器はヨーロッパのそれより遥かに進歩しました。
 しかし、戦争が終わったことで大砲クラブも活気を失い、クラブ室には閑古鳥が鳴くようになってしまいました。クラブ存亡の危機に際して、大砲クラブ会長バービケーンはとんでもない計画をぶち上げます。超巨大な大砲を作り、砲弾を月へ届かせようと言うのです。
 あまりと言えばあまりに無茶な発案でしたが(^^;)、クラブのメンバーはそれを熱狂的に受け入れます。更に、ケンブリッジ天文台へ問い合わせ、それが実現可能とのお墨付きを貰った大砲クラブは、実際に巨大コロンビヤード砲建造へ向けて動き出しました。
 その前に、一人の男が立ちはだかります。砲弾を防ぐ装甲板の専門家ニコール大尉は、言わば大砲クラブの天敵であり、その実験に異を唱えたのです。費用がかかり過ぎ、実現不可能で、更に危険だと。
 しかし、バービケーン率いる大砲クラブは止まりません。情熱的な宣言書を世界中で出版し、賛同した人々から多額の寄付金を集めることに成功します。
 そんなおり、フランスからバービケーンに電報が届きます。それはパリに住む男性ミシェル・アルダンからのもので、内容はこうでした。
「あなた方が予定している球殻の代わりに円筒-円錐型の砲弾を用いてくれ。私はそれに乗らなければならない」
 ミシェルは砲弾に乗り込み、自ら月へ行くつもりだったのです。

 本書の注目ガジェットは、巨大コロンビヤード砲と砲弾機です。
 ケンブリッジ天文台は大砲クラブからの問い合わせに対し、北緯二十八度~南緯二十八度の範囲内の地点から天頂へ向け、秒速一万二千ヤードの速度で弾丸を発射するよう助言します。
 これを受け、超巨大なコロンビヤード砲がフロリダ州に建造されます。その砲身長は九百フィートと、東京タワーの八割強の長さとなる怪物です。これだけの巨体のためさすがに直立させることはできず、地中に埋まった状態のまま建造及び発射を行います。大きな初速を得るために、ライフリングは行われません。
 ちなみに、コロンビヤード砲は一八一一年にアメリカ陸軍のジョージ・ボンフォード大佐が発明したもので、更に南北戦争の直前に火器士官トーマス・ジェファーソン・ロッドマン氏により改良が行われています(作中の巨大コロンビヤード砲建造には、ロッドマン砲鋳造方式が活用されています)。大砲クラブは架空の組織ですが、現実の歴史においても似たようなことが行われていたかもしれませんね。
 発射される砲弾は、当初はアルミニウム製で無人の球殻型弾丸が用いられる予定でしたが、ミシェル・アルダンの希望を受け入れて有人の砲弾型へと変更されます。興味深いことに、砲弾機の床には深さ三フィートのウォーターベッド状のものが置かれ、発射時にはこれが押しつぶされることで乗員を衝撃から守ります。言わばショック・アブソーバーですね。
 更に、月面への着弾時の衝撃を和らげることを目的とし、砲弾機の底面にはロケットが取り付けられます。次作『月世界へ行く』ではこれを推進機として活用する場面があり、ヴェルヌ氏が宇宙空間におけるロケットの有用性を認識していたことには驚かされます。

 とにかく作中の随所に数字が頻出するという理屈っぽい小説ですが(^^;)、これがリアリティを非常に高めているのは確かなところです。この本が世界中でベストセラーとなったのも不思議ではありません。
 そして、本書を読んだ読者のうち何人かは、現実に大砲による打ち上げで宇宙へ行くことは不可能だと気付きます。これはあくまでフィクションですから、仕方のない部分ですね。(おそらくヴェルヌ氏も計算して気付いていたでしょうし)
 しかし、物事はここで終わりませんでした。
 モスクワ近郊で生まれたコンスタンチン・ツィオルコフスキー少年は、九歳の時の熱病で聴力を失いながらも熱心に勉学へ励み、そしてヴェルヌ氏の小説と出会います。彼は本書の問題点に気付きながらもそこで留まらず、現実に宇宙へ行く方法を模索します。そして遂に、それはロケット以外にないのだと看破しました。
 ロケット理論に欠くことのできない「ツィオルコフスキーの公式」を編み出し、多段式ロケットや宇宙ステーション、軌道塔(後の軌道エレベータに通じる巨大タワー)、エアロックといった様々なアイディアを考案したツィオルコフスキー氏は、人類を宇宙へと導いたその功績を讃えて「宇宙旅行の父」と呼ばれます。彼は後に、「ロケットに関することをどうして最初に思いついたのかは覚えていないが、その種を蒔いたのは著名な幻想作家ジュール・ヴェルヌ氏だと思う」と語っています。
 そしてドイツではヘルマン・オーベルト氏が、同様に本書の問題点からロケットへと辿り着きます。彼の論文に感銘を受け師事することになるのが、かのヴェルナー・フォン・ブラウン氏です。フォン・ブラウン氏は第二次大戦中にV2ロケット開発に携わり、戦後はアメリカに渡って宇宙計画を押し進めました。アポロ計画が月旅行を現実のものにしたのは、本書刊行からおよそ百年後のことです。
 考えてみると、ロケット開発の歴史は他の技術と比較して明らかにタイムスケールがおかしいですね(^^;) ツィオルコフスキー氏が宇宙旅行の道具へと取り上げ、ロケットの父ロバート・ゴダード氏(余談ですが、ゴダード氏はもう一人のSF開祖ウェルズ氏の『宇宙戦争』に感化されています)が二十世紀に入って実用化するまで、ロケットは古代の戦争やお祭りの打ち上げ花火として使われるぐらいのものでしかありませんでした。
 もちろん、急激な進化の裏には世界大戦と東西冷戦が関与していますが、それを支えてきた人々の熱意なくしてこの偉業を達成することは困難でしょう。その夢を育んだのがヴェルヌ氏であり、本書がなければロケットの実用化は数十年単位、あるいは百年単位で遅れることになったのではないでしょうか。

 さて、先人の業績に敬意を表し、ここで実際に計算してみることにしましょう。
 砲弾機の初速はメートル法換算で秒速約一万一千メートル、コロンビヤード砲の砲身長は約二百七十メートルです。弾丸が砲身の中で均等に加速されると仮定して、発射時の加速度は、

加速度 = 初速^2/(2*砲身長)
    ≒ 220000[m/s^2]

 となり、地球の地表重力で換算すると約二万二千Gと求まります。「ちょっと無理」とか言うレベルではありません(笑)
 ちなみに、砲弾機のショック・アブソーバーを計算に入れるとどうなるでしょうか。水がなくなって床板が砲弾の底に衝突するときの衝撃も考慮しているという優れものですから、加速度を均等に減少させる理想的なものであると想定します。
 この場合、砲身がウォーターベッドの深さ分(約〇・九メートル)延長された状態に等しくなるものと思われますから、加速度は約〇・三三パーセント、七十四Gほど減ぜられることになります。焼け石に水ですね(^^;)
 では、どうやってこれを解決するかとなれば、初速は物理法則から求まるものですから変えられませんし、人間の肉体が耐えられる加速度もそう簡単には上げられそうにありません。
 となると、すぐに考えつくのは砲身を延長してしまうことですね。乱暴ですが、式の分母にある砲身長を一万倍にしてしまえば加速度は一万分の一、約二・二Gです。まあ、そんな大砲は作れませんけど(^^;)
 しかし、問題は一気に加速することにあるのだという点は明確になります。一万倍の時間をかけてゆっくり加速していけば同じことです。そして、それを実現することができる唯一の現実的な解は、ロケットなのです。
 もちろん、これは後知恵です。知っているからこそ簡単に言えるわけで、何もないところから始めたツィオルコフスキー氏ら先達の着想が並々ならぬものであることは疑いありません。しかし、本書にそのヒントが隠されていることもお分かりいただけるかと思います。
 実際的で詳細なデータと、胸躍るガジェット、そしてちょっぴりの嘘――黎明期にありながら本作は一級のSFであり、そして人類を宇宙へと誘う道標でもあったのです。

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