キャッチワールド

[題名]:キャッチワールド
[作者]:クリス・ボイス


 本書『キャッチワールド』は、様々な要素が無数に詰め込まれた怪作ワイドスクリーン・バロックです(^^;)
 元々、無数のガジェットと世界規模の危機で特徴づけられるワイドスクリーン・バロックはそうした傾向が強いSFジャンルですが、特に本書はネタの密度が圧倒的です。法華宗支配下の異様な日本の未来社会、複雑な登場人物とその関係、謎の攻撃的な異星生命体、人格のシミュレーション、宇宙船コンピュータの反乱、魔術、そして超存在《鴉(クロウ)》。ざっと列挙しただけでも相当な量ですけど、もちろんこれで全てではありません。
 これらのガジェットのそれぞれが相当に洗練されていて、それ一つで単独の物語を綴ることができそうなものも数多く含まれます。ただ、総体としての本作は必ずしも完成度が高いと言えないのが困ったところです(^^;) 相互関連の薄いものが少なくないですし、振るだけ振って投げっぱなしのネタもいくつか見られます。何より、後半はかなり観念的で訳が分かりません(笑)
 しかし、それでもなお本書は面白いのです。読み進めていくうちに頭がクラクラする不思議な魅力――それこそはSFの到達目標センス・オブ・ワンダーです。

 二〇一五年、無人探査機が木星で発見した奇妙で複雑な結晶構造。クリスタロイドと名付けられたそれは、接触直後に地球へ向けてミサイル状のものを射出し、壊滅的な被害をもたらしました。人類はクリスタロイドを敵性の異星知性体であると判断し、核融合弾頭を有した連絡艇で特攻をかけ、かろうじて撃破します。
 しかし、最後の一群が抹殺される直前、クリスタロイドは鷲座アルファ星・アルタイルに向けてシグナルを発信したのです。もしそのシグナルが援軍要請だとしたら、やがて更なるクリスタロイドが地球を襲うことになります。これに対抗すべく、敵を撃滅するための航宙艦七隻がアルタイルへと送られることが決定されます。
 その内の一隻である《憂国》は、法華宗と軍国主義に支配された日本の干渉により、乗員の大部分が日本人で占められていました。共同統治体の大僧正・佐々木康雄の影響力によって、艦長には僧侶にして侍の田村邦夫が選ばれます。田村はアルタイルの敵を破壊するという強迫観念に取り憑かれており、それが指揮官として好ましいと考えられたのです。
 ところがその後、田村の経歴に非合法な活動があったことが発覚し、佐々木は彼に対し切腹を命じました。けれども田村はそれを受け入れず、逆に佐々木を殺害して《憂国》艦長の座を手に入れます。
 そして十二年後――旗艦《セレステ》に率いられた航宙艦隊がアルタイルへ向けて出発しました。しかし彼等の行く手には、驚くべき苦難の連続が待ち構えていたのです。

 本書の注目ガジェットは、人間の人格シミュレーションです。
 作中では、航宙艦の乗員を人工ウイルスに感染させ、中枢神経系にゲルマニウムをばらまくという処置が行われます。神経の中に沈着したゲルマニウムを通じて《機械知性》(航宙艦を制御するAI)は対象者の精神活動を観察し、それを模倣するシミュレーション・プログラムを構築していきます。その結果として、最終的にはコンピュータ内にオリジナルの人物とそっくりな行動を取る人格シミュレーションが完成するわけです。
 人格シミュレーションはコンピュータの中に存在するわけですから、脆弱な生身の人間とは違い外部環境の影響を受けません。また、本人は《機械知性》のシミュレートする航宙艦内を自在に動き回ることができ、生身のときと全く違いが分からないようです。しかも、実際に肉体があるわけではないので、遠い宇宙空間で隔てられた別の航宙艦への移動も一瞬で行うことができます。とても便利ですね。
 ただしこの処置、中枢神経にゲルマニウムが与える影響により、処置を施された人間は長生きできません。コンピュータ内に造られた人格コピーは事実上の不死ですが、その引き換えとしてオリジナルの人間は死んでしまうのです。
 便利さと引き換えに生身の死を受け入れるか否か、少々悩みどころですね。:-)

 とにかく多数のアイディアが詰め込まれた本作。一つ一つのネタはかなり練られているのですけれども、物語全体としては荒削りというアンバランスな作品です。
 宗教的・軍国的戒律に縛られた未来の日本も序盤以降は登場しなくなってしまいますし(個性的な田村の言動に反映されてはいますが)、魔術関連の展開も唐突で面食らいます。何より、本来は物語構造の最上部に位置するはずの《鴉》と捕獲世界(キャッチワールド)がおざなりになっているのは困り者ですね(笑)
 しかしながら、無数に散りばめられたネタの鋭さは、そうした欠点を補って余りあると個人的には感じます。バサード・ラムジェットで航行する《憂国》の描写は緻密で臨場感がありますし、また前述の人格シミュレーション関連ではサイバーパンク/サイバースペースを先取りしているようです。
 全く先が読めないストーリー展開で読者を思う存分翻弄してくれる、異色の宇宙SFです。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/108564429

この記事へのトラックバック