ロスト・ワールド――ジュラシック・パーク2

[題名]:ロスト・ワールド――ジュラシック・パーク2
[作者]:マイクル・クライトン


※このレビューには前作『ジュラシック・パーク』のネタバレがあります。ご注意ください。

 本作は、古生物学の成果を元に新たな恐竜像を鮮やかに描き出した傑作SF『ジュラシック・パーク』の続編です。
 前作同様こちらも映画化されていますけど、映画版のストーリーは小説版とかなり異なっています。主人公が数学者イアン・マルカムであること、舞台が〈サイトB〉であること等、細部は共通する部分があるものの、それ以外は別物と考えた方がいいでしょう。特に映画後半の、ティラノサウルスがアメリカに行って暴れるシーンに相当する部分は原作にありません。(映画でも、やらない方が良かったような……(^^;))
 その代わりに小説版では、『ジュラシック・パーク』で語られなかった舞台裏に関する部分が大きく取り上げられています。特に、DNAから生物を再生するという手法の問題点が指摘されており、非常に興味深いですね。
 かつて〈ジュラシック・パーク〉で起きた惨劇を生き延びたマルカムは、古生物学者レヴィンの執拗な協力要請に折れて、再びコスタリカの島へと向かう羽目になります。その場所とは、恐竜再生を行うための工場〈サイトB〉でした。

 恐竜を現代に復活させて見せ物とするための〈ジュラシック・パーク〉は失敗に終わり、視察に招かれた数学者イアン・マルカムは重傷を負ったものの、かろうじて生き延びました。(前作小説末尾ではマルカムは死亡したことが示唆されていますが、本書ではこれが誤報だったということになっています(^^;))
 そして数年後、その傷も大方癒えたマルカムがサンタフェ研究所で講演を行っていたところに、古生物学者のリチャード・レヴィンが姿を現します。レヴィンは、コスタリカ付近で恐竜らしきものが頻繁に姿を見せ、それがかつてInGenが再生した恐竜が逃げ出したものではないかと言うのです。
 守秘義務があり、かつ幾度も繰り返される質問にうんざりしていたマルカムは、自分とInGenの関わりを否定します。けれども、傍若無人な性格のレヴィンはそれで引き下がることはありませんでした。昼夜を問わずかかってくる電話攻勢に根負けしたマルカムは、やがてレヴィンの言う通り未だに〈ジュラシック・パーク〉の恐竜が生き残っているのかもしれないと思うようになります。
 マルカムはかつての視察時に恐竜が生み出される場を見学していましたが、結局のところ〈ジュラシック・パーク〉自体は見せ物であり、そこで本当に恐竜が作られていたはずはありません。もっと大規模な恐竜工場、〈サイトB〉がどこかにあるはずなのです。
 調査のために準備を進め、探検用の頑丈な車両を応用工学の大家ジャック・ソーンに作らせていた彼等ですが、一足先に〈サイトB〉の在処を突き止めたレヴィンは独断専行でその島へと渡ってしまいます。ところがその直後、レヴィンからソーンへ助けを求める衛星電話がかかってきました。
 マルカムはレヴィンの協力者で教え子の中学生、ケリーとアービーの助けを借り、〈サイトB〉がイスラ・ヌブラルの南に位置するイスラ・ソルナ(嘲りの島)にあることを突き止めます。そして、レヴィンを救出すべく島へと渡るのですが……。
 そして、マルカム達の行動をスパイしていたバイオシン社のルイス・ドジスン達もまた、彼等の後を追ってイスラ・ソルナへ向かいます――恐竜の卵を盗み取るために。

 本書の注目ガジェットは、DNAによる生物復元の問題点です。
 『ジュラシック・パーク』では、琥珀に閉じ込められた蚊の体内から恐竜の血液を取り出し、そこから得られたDNAで恐竜を復元するという手法が取られました。これは架空のお話ではあるものの、将来的には恐竜までは言わずとも既に絶滅した動物(フクロオオカミとか)をDNAから蘇らせることが可能になるだろうと期待されています。
 ですが、この場合に復元できるのは肉体のみであり、遺伝子に組み込まれていない絶滅生物の行動は復元できません。これは、脳が高度に発達した生き物であればあるほど大きな問題となるわけです。
 人間の場合は言わずもがなですが、鳥類では親鳥に飛び方を教わるものが少なくありませんし、肉食獣も狩りの手法を教わったりします。DNAから再生された生物は、そうした親から子へ受け継がれる技能を得ることができないわけです。
 しかも、恐竜の場合には現存動物とは違い、人間が親代わりに教えてあげるという訳にもなかなかいきません。何しろ、どんな行動を行っていたのかという情報自体がほとんどありませんから(^^;)
 作中では、ステゴサウルスのような主として本能に従って生きる恐竜は特に支障を来していないようです。が、前作で最強の悪役だったヴェロキラプトルは、逆に知能の高さが災いして問題を抱えることになります。興味深い構図ですね。

 前作に引き続き、今作にも多数の恐竜が登場します。文中に描写されるのは、以下の十種類です。

・アパトサウルス(竜脚類)
・ヴェロキラプトル(獣脚類)
・カルノタウルス(獣脚類)
・ステゴサウルス(剣竜類)
・ティラノサウルス(獣脚類)
・トリケラトプス(角竜類)
・パラサウロロフス(鳥脚類)
・パキケファロサウルス(堅頭類)
・プロコンプソグナトゥス(獣脚類:※学名抹消)
・マイアサウラ(鳥脚類)

 このうち、カルノタウルスとパラサウロロフス、パキケファロサウルスの三種は前作にて記述がなかった新登場の恐竜です。(パラサウロロフスは第一作の映画版に登場)
 なお、石頭恐竜パキケファロサウルスは、作中に頭突きををするシーンが登場しますが、最近の研究では頭突き説はあまり支持されていないようです。
 また、肉食恐竜カルノタウルスに関しては、本書独自の面白い設定がなされています。この部分が映画化されなかったのはちょっと残念ですが、映像的にあまり見栄えがしないようにも思われますから仕方がないのかも。:-)

 主人公がカオス理論の大家ということもあり、作中ではかなり強く現代科学批判が行われます。近視眼的な原因追求を行う古生物学者レヴィンを通じ、演繹により物事の本質を探ろうとする手法の限界が提示されます。作中でレヴィンは「自明」という言葉を多用しますが、得てしてその前提は間違っていることになるわけです。
 ただ、この考えに付随して例示されるものの中に、いくつか間違いが見られるのは残念なところです(^^;) 不確定性原理に関するありがちな誤解はともかく、統計上の現象として語られる〈ギャンブラーの破滅〉の説明が少々怪しい点は痛いですね。(ギャンブラーとカジノの勝率を比較すると、ギャンブラーの負ける確率が高いという現象。マルカムはこれを「勝ち負けは連続する」といったように説明をしていますが、本来は「所持金の多い方が勝つ」というもののようです)
 とは言うものの、この辺りは物語そのものの面白さを損なうほどではありません。結局のところ本書の魅力は、リアリティ溢れる恐竜達の描写にあるわけですから。怪獣ではない、生き物らしい恐竜を描いた作品としては、本作及び前作の右に出るものはほとんどないと言っても過言ではないでしょう。

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