20億の針

[題名]:20億の針
[作者]:ハル・クレメント


 ハル・クレメント氏の手による本作『20億の針』は、異生物テーマの元にミステリーの色を取り入れたSF作品です。異生物というジャンルを得意とされるクレメント氏の作品だけあって、本書にも魅力溢れる異星人が登場します。
 舞台は二十世紀半ばの地球(一部、近未来っぽい部分も)、遠い異世界より訪れた奇妙な生命体は、一人の少年の体内に宿ることになります。少年の助力を受けて彼が目指すのは、同じく地球へとやってきた同種族の犯罪者を逮捕することでした。
 けれどもそのもう一人の相手もまた、彼同様に人間の体の中に潜んでいるはずなのです。そして、外見からではその生物に寄生されているのかどうかを知ることができません。
 まさに枯れ草の塚に埋もれた一本の針を探し出すに等しい難行です。そして、枯れ草に喩えられる人間の数は――優に二十億人。

 嵐の夜、南太平洋のとある島近くの海に二隻の小型宇宙船が人知れず墜落します。そのうちの一隻には異星人の犯罪者“ホシ”、そしてもう一隻にはそれを追いかける探偵“捕り手”が乗っていました。彼等は宇宙空間で追跡劇を繰り広げていたのですが、“ホシ”は追っ手から逃れるために一か八かの勝負として未開の惑星に突っ込むことにしたのです。そして“捕り手”もまた逃亡者を逃すまいと後を追ったのでした。
 その結果、“捕り手”の宇宙船は完全に壊れ、海底に擱座してしまいます。“捕り手”は宇宙船を破棄し、近くにあるだろう陸地へと向かうことにしました。
 この“捕り手”と“ホシ”の二人は小さなゼリー状で、他の生物の体内に潜り込んで生活する寄生生命体です。彼等は栄養をもらう代わりとして、宿主を病気や怪我から守るという共生関係を結ぶのです。
 島の海岸に辿り着いた“捕り手”は、不時着した惑星に人間という知的生命体がいることを知ります。そこで彼は“ホシ”を逮捕する協力を仰ぐため、海岸に横たわっていた人物に寄生することにしたのです。
 “捕り手”が宿主に選んだのは、島の少年ロバート・キンネアド(バブ)でした。バブは寄宿学校の生徒で、夏休みの間だけ故郷に里帰りしていたのです。やがで新学期が始まり、バブは学校へと戻ります。
 しばらく時間が経過した後、“捕り手”は英語等地球の文化をバブを通じて学習し、宿主の少年とコミュニケーションすることを決めます。始めは己の身に起こった変化に驚くバブでしたが、すぐに“捕り手”が自分の中にいることを受け入れ、“ホシ”を捕まえることに同意します。
 しかし、“捕り手”と“ホシ”が地球へ墜落してから既に五ヶ月が経過しています。彼等はなんとかして学校から島へ戻り、“ホシ”の足取りを追わなければいけません。敵もまた“捕り手”と同じように誰かの中に寄生しているのに違いなく、次の長期休暇を待っている余裕などないのです。
 更に、やがてバブはもう一つの問題に気付きます。自分の体内に潜む生命体の言っていることが真実なのか、“捕り手”と“ホシ”が実は逆だったりしないか、自分が知らないということに。

 本作の注目ガジェットは、“捕り手”及び“ホシ”の種族である異質体です。
 彼等はアメーバのような不定形生物であり、生身では非常に脆弱な存在です。通常は他生物の体の中に潜り込み、酸素や栄養を分けてもらって生きています。その返礼として、体内に侵入した病原体を退治したり、怪我の上に皮膜を作って症状を和らげたりするのです。
 彼等の種族は宿主に対して愛情を抱き、それを傷つけるような行為を良しとしません。元々の故郷では、彼等は別の知的種族の体内に住んでおり、その宿主とは固い友情で結ばれているようです。また、そもそも宿主の意に反して体を操るほどの力はなく、せいぜい麻痺させて自由を奪うぐらいしかできません。善良な彼等の性格から見て、それすら嫌悪すべきことのようですが。
 ただし、“捕り手”の敵である“ホシ”はそうした彼等が本来持つ性質を備えず、宿主に害が及ぶことも厭わないとのことです。

 本作の舞台設定、本来は近未来を想定されていたそうです。ただ、本書の出版後にかなり状況が変化したことから、後にクレメント氏は公式設定として一九四七年の物語と位置づけを変更されています。
 変化が顕著なのは、タイトルである『20億の針』ですね(もっとも、原題は"NEEDLE"だけで、数字は本文中に書かれるのみですが)。この数字はもちろん、クレメント氏が執筆された時期における世界総人口にあたります。本書に登場する容疑者はもっと限られた人数ですけど(^^;)
 ただ、近未来を思わせる場面はほとんど出てきませんし、むしろノスタルジーを感じさせる部分が少なくないですから、この変更は妥当と言えるでしょう。バブ少年が島に戻って仲間達と一緒に遊ぶ様は、『トム・ソーヤの冒険』に通ずる児童文学的な楽しさがありますし。

 犯罪者を追って地球に異生物警察官が来訪し、人間と秘密裏に共生するというのが本書のベース構造です。
 このタイプのストーリ-は、今では多くのSF作品に見られるまでに一般化したように感じられます。例えば映画『ヒドゥン』(メジャーではありませんが名作SF映画です)はまさにそうですし、特撮の雄『ウルトラマン』を始めとするヒーロー物の多くにもこの構図を見ることができます。
 本書『20億の針』は、それらのルーツと言ってもいい存在でしょう。バブ君が得るのは超人的な力にはほど遠いですが(^^;)、それでも彼はそれを特別なものだと思っているようです。この件に関して、大人と子供の対比が見て取れるのも面白いですね。

この記事へのコメント

  • ちゅう

    これはですね。中学生のころ、バスの中で年上の生徒が読んでいるのを見かけたのが最初なんです。表紙だけです。20億の針ィ?!

    きっと、針だらけのお化けウニみたいな大怪獣との命をかけたスペオペに違いないと思いました。

    就職して出張が多くなったころから、本格的にSFを読み始めたのですが、創元で復刊してくれるまでは、めぐり合えませんでした。20億と一千億がペアになった美しいカバーでしたね。

    想像とちがって(笑)、ジュブナイルともいえる、明るい冒険譚でした。
    2011年10月29日 19:56
  • Manuke

    私が最初に読んだのは、確かジュブナイル版として翻訳されたものだったと思います。
    二人の主人公の対比が面白い作品です。クレメント氏のお話はどれも異星人が魅力的なのが特徴ですね。
    2011年10月30日 01:53

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