軌道通信

[題名]:軌道通信
[作者]:ジョン・バーンズ


 巨大な宇宙船の中で生まれ育った少年少女達が、地球からの転校生と触れ合うことをきっかけに成長していく様を描いた物語です。
 お話は主人公の少女メルポメネーの視点で綴られていきますが、単に一人称の小説というだけではなく、不特定多数の人間に向けたエッセイ兼日記の形を取っています。自分達の日々の暮らしを地球の人々に紹介するよう教師から指示され、それに従って書かれたもの、という形態ですね。

 地球と火星を交互に訪れる軌道を取る宇宙船〈さまよえるオランダ船〉。小惑星を改造して作られた、ニホンアメリカ社の所有する巨大宇宙船であり、七千二百人もの永住者を擁しています。
 メルポメネー・マレイは、この船上で生まれ育った十三歳の少女でした。彼女は同じ境遇の仲間達と共に、勉学に励みながら日々を過ごしています。
 この時代、地球は戦争と疫病で荒廃し、様々な問題を抱えています。しかし、メルポメネー達の関心事は〈さまよえるオランダ船〉内にしかありませんでした。父母が地球から伝えられるニュースに心を痛めていても、メルポメネーや兄トムにとってはどこへ吹く風です。
 そんなある日、メルポメネーのクラスに新たなメンバーが加わります。その少年テオフィラス・ハリソンは地球からの転校生で、体型は太っており、数学が得意でした。
 クラスで乱暴者の少年ランディ・シュワルツは、数学のトップの座をテオフィラスに奪われたことに腹を立て、エアラクロス(低重力環境のスポーツ)の時間にラフプレイを装って暴力を振るいます。メルポメネーはランディの行動に憤慨し、親友のミリアムと共にテオフィラスを気遣いました。
 ところが、事態はメルポメネーの想像していたこととは逆に進行し始めます。テオフィラスはランディを手酷く痛めつけると、クラスの中での中心的な位置に就いてしまったのです。ランディと、彼を擁護したメルポメネーはクラスメート達から排斥されてしまいます。
 そうした不和に不慣れなメルポメネーは状況に戸惑いつつ、ランディと次第に親しくなっていきました。けれども、あることをきっかけとして、メルポメネー達は知ることになります――船で生まれた子供達が、ニホンアメリカ社に逆らわぬよう条件付けされて育てられていたことを。

 本作の注目ガジェットは、宇宙船〈さまよえるオランダ船〉です。
 〈さまよえるオランダ船〉はニホンアメリカ社の有する四隻の巨大宇宙船のうちの一つで、捕獲した小惑星を改造したものです。全長は一キロメートル以上、作中冒頭(二〇二五年末)では未だ建造途中でのようです。
 船の軌道は近日点で地球へ最接近、遠日点で火星へ最接近するよう常時加速されており、公転周期は一定しません。船内は一部を除き低重力環境で、特に船で生まれた子供達はその環境に適応しているようです。
 本書の刊行自体が一九九一年、作中で〈さまよえるオランダ船〉への乗船が始まったのが二〇〇八年と、宇宙を扱ったSF作品の中でも相当な近未来ですね。これは戦争とミュート・エイズ(突然変異を起こしたエイズ)の猛威により地球が壊滅的な打撃を受けたことによるもので、〈さまよえるオランダ船〉の計画自体がかなりの無茶を押しているという設定に繋がっています(人類は滅亡の際に立たされている模様)。この舞台背景が、船内のコミュニティ形成が手探り状態という状況に繋がっている点は興味深いですね。

 物語としては、学校内の友達のいざこざがメインであることもあり、それほど劇的な展開は含まれません。ストーリー中にも登場する『ライ麦畑でつかまえて』を意識したお話のようです。(『ライ麦畑でつかまえて』は未読のため、どの程度関連性があるのかは分かりませんけど(^^;))
 SF的な仕掛けはむしろ、様々な身の回りの描写にあると言えます。子供達が"YES"の代わりに「真値("pos-def")」を使ったり、低重力での貧乏揺すりに相当するものが登場したり(笑)、エアラクロスのような架空のスポーツが詳しく描かれたりといった調子で、現代の子供時代とは似て非なる世界が構築されている点が面白いですね。
 メルポメネーは教師にエッセイを記すよう命じられたこともあって、嫌々書いている序盤の文章はかなりグダグダです(^^;) 更に、地球人を「ツチブタ」と蔑んだり、プライバシーの観念が欠落していたりと、少々異質で不快な子供のように感じられることでしょう。しかし、読み進めていくに従って、メルポメネーは感受性の高く優しい少女であることが出来事を通じて伝わってきます。彼女達の認識が世界設定を反映したものになっている点等、人物像の見せ方が非常に自然ですね。

 本書の原題は"Orbital Resonance"(軌道共鳴)で、天文用語です。例えば、冥王星の公転軌道の一部は海王星軌道よりも内側にありますけど、海王星と冥王星の公転周期は2:3になっているために両者が衝突することはありません。これが軌道共鳴です。この題名はなかなか意味深ですね。
 架空の人物であるはずのメルポメネーが、本書の向こうに息づいているのが感じ取れるような、リアリティ溢れる青春SF小説です。

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