夜明けのロボット

[題名]:夜明けのロボット
[作者]:アイザック・アシモフ


 本書はロジックの妙を味わわせてくれる巨匠アイザック・アシモフ氏の作品群でもとりわけ推理要素の強い、〈イライジャ・ベイリ三部作〉の第三弾です。
 但し、本書の謎解き部分に関しては、ある特殊な裏設定が関与しています。前二作がロボット工学三原則に基づくロジックで構成されているのに対し、本作では多少の論理的飛躍が必要です。この点において、もしかしたら純粋なミステリファンには受けが悪いかもしれません(^^;)
 もっとも、この設定はアシモフ作品世界にはしばしば登場するガジェットで、アシモフ氏のファンであれば理不尽さは感じないと思われます(本作中でも前フリあり)。加えてこの部分は、〈ロボットもの〉と〈イライジャ・ベイリもの〉という二つの作品グループを、アシモフ氏の代表作〈銀河帝国もの〉へと橋渡しする上で重要な役割を果たします。最後の場面は非常に感動的です。
 新たなる事件を解決するために、惑星オーロラへと招かれた地球人刑事イライジャ・ベイリ。容疑者本人が、自分以外にそれを行える者はいないと断言し、かつ犯行を否定するという絶望的状況下、ベイリはその容疑を晴らし真相へと迫ることができるのでしょうか。

 かつて地球における宇宙人(スペーサー)殺人事件を解決し、さらに宇宙国家ソラリアでの不可解な殺人事件を解き明かした私服刑事イライジャ・ベイリ。彼は、鋼鉄で保護されたシティの外へ出て様々な作業を行うグループのリーダーになっていました。いつか、地球人が再び宇宙へと進出するときに備えて。
 そんな彼に、新たな辞令が下ります。宇宙国家のリーダーである惑星オーロラへ出向き、難事件を解決せよとの命令です。オーロラ行き自体はベイリの望むところでしたが、彼としては事件解決ではなく純粋にオーロラ社会を観察するための派遣を望んでいたのです。しかし、またしても彼の意向は無視され、事件を解決できなければ個人的破滅どころか地球人の宇宙進出が危ぶまれると脅されることになります(^^;)
 その事件とは、宇宙人殺人事件で接触したこのとあるオーロラ人、ハン・ファストルフ博士に対するロボット破壊容疑でした。かつてベイリのパートナーを務めたヒューマンフォーム・ロボット、R・ダニール・オリヴォーの同型機が破壊され、その犯人がファストルフ博士だと疑われていたのです。ファストルフ博士は地球に対する穏健派の重要人物で、彼が失脚すればオーロラの地球に対する態度は悪化することになります。
 ベイリは迎えの宇宙船でダニールと再会し、ファストルフ博士の所持する旧型ロボット、R・ジスカルドと出会いました。そして惑星オーロラへと到着したベイリは、他ならぬ容疑者のファストルフ博士から、とんでもないことを聞かされます。ダニールの同型ロボット、ジャンダー・パネルは論理矛盾によるメンタル・フリーズ・アウトを起こし、機能停止してしまったこと。それが実行可能なのは宇宙広しと言えどファストルフ博士だけであること。メンタル・フリーズ・アウトが偶然に起きる可能性は非常に低いこと、です。
 にも拘らず自分がやったのではないと述べるファストルフ博士に、ベイリは困惑を隠しきれません。果たしてどうすれば博士の容疑を晴らすことができるのか、五里霧中の状態なのだから当然です。
 解決不能に思える難題、広所恐怖症のベイリには厄介な惑星オーロラの環境、そして地球人を嫌悪する非協力的なオーロラ人達。イライジャ・ベイリは二体のロボットを引き連れ、捜査に取りかかります――全てを解き明かすために。

 本書の注目ガジェットは、惑星オーロラです。
 惑星オーロラは、五十ある宇宙国家のうち最初に地球から移民がなされた星で、宇宙国家の中で最も発言力があります。太陽はクジラ座タウで、地球から十一・九光年離れた場所に位置します。
 人口は二億人で、移民に当たって地球から病原菌を持ち込まないようにしたため、風邪等の病原性の病に冒されることはない模様です(このため、体内に病原菌を抱えるベイリは嫌悪されます)。平均寿命は地球年換算で二百二十年以上、三百歳に達する者も少なくありません。ソラリア程ではないものの多数のロボットが存在し、日常生活の様々な場面でロボットが活用されています。
 第一作『鋼鉄都市』では超過密状態にある地球社会、第二作『はだかの太陽』では逆に超過疎で総引きこもり状態(笑)のソラリア社会が描かれました。オーロラ社会はそのどちらでもなく、一見バランスの取れた理想的な未来世界のように感じられます。しかし、謎解きのためベイリが人々に面会し話を聞き出していく過程で、オーロラ社会に潜む病巣が明らかにされていきます。〈イライジャ・ベイリもの〉が社会派SFと称される所以ですね。

 刑事イライジャ・ベイリはSF界きっての名探偵ですが、いわゆる安楽椅子探偵のように推理のみで謎を解明するのではなく、足で稼ぐタイプです。容疑者・関係者と直接対面することにこだわり、人々から情報を――そして失言を――引き出し、それらを繋げて結論への道筋を形作ります。この手法が、現代とは異なる社会を読者へ自然に提示する手段となっているのは三作共通で、実に見事です。
 また、本作中では『はだかの太陽』のエピソードを元にハイパーウェーブ・ドラマ(多分TVドラマのようなもの)が作られたとされています。ベイリと対面する人物はしばしば、ベイリがドラマの役者とはずいぶん異なることに失望し、ベイリは内心憤懣やるかたないようです(^^;) が、ベイリを侮った人々は、最終的にベイリがドラマ内の刑事以上の名探偵であることを思い知らされる点は痛快ですね。
 広所恐怖症で、時折不安や自信喪失に襲われ、体力的にも少々心もとない中年男性ですが、同時に事件解決へ向けたバイタリティと謎解明へ至る明晰な頭脳を兼ね備えた魅力的な人物です。三部作の人気の一端は、ベイリというキャラクタの性格付けにもあるのではないでしょうか。

 本作は〈イライジャ・ベイリ三部作〉の締めくくりであるのと同時に、〈ロボットもの〉の歴史の延長線上に〈銀河帝国もの〉が繋がることを示唆するお話としても重要です。
 元々、スーザン・キャルヴィンの関る〈ロボットもの〉の短編群、同じロボット三原則を扱いながら世界観的には繋がりのないミステリSF〈イライジャ・ベイリもの〉、そしてファウンデーションを中心とする〈銀河帝国もの〉は別個のシリーズとして書かれたようです。後にアシモフ氏はこれらを統合することを思いつき、本書はそのミッシング・リンクを埋める作品の一つでもあるわけですね。
 第一作でロボットと人間が手を取り合うC/Fe文化を提示されたベイリは、第二作でロボットの限界を知り、そして第三作である本書で地球人の銀河進出に際しての重大な決断を下します。その未来に、銀河帝国と心理歴史学が生まれる訳ですね。
 事件の謎が全て解明される最終場面は歴史的奥行きを感じさせ、ミステリSFとしてだけでなく大河小説としても傑作だと言えるでしょう。

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