飛翔せよ、遙かなる空へ

[題名]:飛翔せよ、遙かなる空へ
[作者]:フィリップ・ホセ・ファーマー


※このレビューには前巻までのネタバレがあります。ご注意ください。

 三百六十億人の人間が死から蘇るという、壮大な〈リバーワールド〉の第三巻です。
 本書では、前々巻に登場したバートン一行の物語と、前巻に登場したクレメンズ達の物語が同時進行し、そしてもう一つのグループのエピソードがこれに加わります。
 しかし、ストーリー上で最もウェイトを占めるのはこれら三つのグループではなく、クレメンズ出立後にパロランドで持ち上がる新たな計画ですね。全くの非文明状態から鉄製リバーボート建造まで漕ぎ着けた彼等は、文字通り更なる高みを目指します。
 それぞれ独自に〈河〉の源流まで船で遡ろうと試みるバートン、クレメンズ、そしてファリントン達。更に、パロランドではクレメンズに続くべく、大空への船――巨大飛行船の建造が始まるのです。

 死による転移を繰り返した後、仲間達と合流することができたリチャード・バートンは、木製の船・ハジ二世号に乗り再び〈河〉の源流を目指していました。
 ところが、ある島に停泊中、別の船が衝突してきたことによりハジ二世号は大破してしまいます。コロンブス到来以前のインディアンで構成される島に、彼等は新たな船を建造するため長期滞在を余儀なくされました。
 ここで、ある偶然から驚くべきことが判明します。バートンの仲間であるはずの小説家P・J・フリギット、そして異星人モナトが、リバーワールドを建設したエシカル人のエージェントかもしれないという疑惑が生じたのです。バートンは二人を問い詰めようとしますが、それを事前に察したのかフリギット達は既に逃げた後でした。
 一方、リバーボートを持ち逃げしたジョン王を追ってサミュエル・クレメンズが第二の船マーク・トウェイン号を建造し出発した後、パロランドでは次なる計画が持ち上がっていました。地球上での大型飛行船を遥かに上回る超巨大飛行船の建造が始まったのです。大地の上を蛇行する大河を遡っていくリバーボートと違い、飛行船ならば一足飛びに北極圏へ辿り着けるはずだからです。
 飛行船建造の噂を聞きつけ、その乗組員志望者がパロランドに集まってきます。しかし、彼等の大多数はまだ知りません――その中に、エシカル人のエージェントが紛れ込んでいることを。

 本書の注目ガジェットは、飛行船パルジファル号です。
 前巻にて既に飛行機は作中に登場していますが、航続距離の問題からあくまで偵察や攻撃用途と捉えられています。これに対し、飛行船はガスの浮力で飛ぶ訳ですから、よりリバーワールド向きの航空機のようです。
 パルジファル号は水素を収めたガス袋を強化ジュラルミン製の枠組みで囲って強度を増した、いわゆる硬式飛行船ですね。その全長は八百二十メートル、最大径三百二十八メートル、ガス容量六百三十万立方メートルという怪物です。
 爆発事故を起こした悲劇の飛行船ヒンデンブルク号が全長二百四十五メートル、世界一周を成し遂げたグラーフ・ツェッペリンが全長二百三十七メートルですから、長さにして三倍以上、ガス容量では三十倍以上という巨大さです。
 ヒンデンブルク号の悲劇以降、水素を使った飛行船は廃れてしまったので、現実にこのサイズの巨大飛行船が作られることは当面なさそうです。さぞかし凄い迫力でしょうから、少し残念ではありますが。
 また、物語後半に入ると、もう一つの飛行手段である気球、ジュール・ベルヌ号が登場します。こちらは名前通りジュール・ベルヌ氏の小説『気球に乗って五週間』をオリジナルとしたもので、水素ガスを更にバーナーで炙ることにより大きな浮力を得る熱水素気球という常軌を逸した代物です(^^;) 同様の気球はA・C・クラーク氏の短編『メデューサとの出会い』にも登場しますが、あちらは舞台が木星で周囲に酸素がないのに対し、リバーワールドは地球と同じ酸素の豊富な世界ですから、個人的にはちょっと遠慮したい乗り物ですね(笑)

 本巻から加わる〈乱痴気〉号一行はファリントンとトム・ライダーに率いられますが、二人とも偽名を使った歴史上の人物です。
 船長マーティン・ファリントンの正体は、アメリカの作家でジャーナリストのジャック・ロンドンですね。作中では、勇敢ですが高所恐怖症として描かれます。
 トム・ライダーの偽名を使う人物は、西部劇のヒーローである俳優トム・ミックスです。西部劇の黎明期に絶大な人気を誇った方のようで、映画に登場する派手なカウボーイ・シャツ(ウェスタン・シャツ)はこの方が流行らせたものだとか(現実のカウボーイはもっと普通の作業服だったようです(^^;))。
 クレメンズが後にしたパロランドでは、飛行船乗りの女性ジル・グルビルラや、日本人の元帝国海軍士官でピスカートル(釣り人)のあだ名を持つオハラといったキャラクタが加わります(どちらも架空の人物?)。特にジルは、飛行船パルジファル号とその周辺の人々を巡るエピソードにおける主役級の存在です。ウーマン・リブの立場を取る少々キツめの性格で、とぼけた印象のピスカートルとの対比が面白いですね。
 その他、『果しなき河よ我を誘え』からの再登場(?)となるP・J・フリギットは大きく肉付けされ、作者ファーマー氏の分身という立場を離れているようです。彼は本書のもう一人の主人公で、ストーリーの根幹にも関ってきます。

 また、リバーワールド自体に関して、これまでは人が死んでも翌日どこかに復活していましたが、本書の冒頭辺りからこれが行われなくなります。つまり、死による消滅の存在しなかったリバーワールドに、再び真の死が訪れるようになったわけです。
 その一方で、社会構造にも変化が見られます。前巻ではまだ奴隷制度や戦争による殺戮が頻繁に行われていましたが、その後数十年を経て一方的な搾取は影を潜めつつあるようです。リバーワールドはあまり現実的とは言いがたい世界ですけれど、社会的思考実験の舞台として捉えてみるのも面白いかもしれません。

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