果しなき河よ我を誘え

[題名]:果しなき河よ我を誘え
[作者]:フィリップ・ホセ・ファーマー


 SFに登場するガジェットの中には、途方もないスケールを持つものがしばしば見られます。実現可能そうなものから到底不可能に思えるものまで、様々な分類における『最大級』がひしめいています。
 例えば、空間的な巨大さであれば恒星を取り巻くリング状巨大構造物リングワールドや、物理学者フリーマン・ダイソン氏の提唱した恒星を包み込むダイソン球殻が挙げられますね。また時間的な巨大さでは、『永遠の終り』に登場する七百万年分の時間に横たわった機構〈永遠〉等があります。
 しかし、本作に登場するリバーワールドの大きさは、物理的サイズというよりも人類史的な巨大さを持つという異色のガジェットです。旧石器時代から二十一世紀初頭まで、地球上に生きた人間の大多数が一斉に復活するという壮大な舞台。それがリバーワールドなのです。
 いつとは分からぬ未来、何処とも知れぬ惑星で再び生を受けた三百六十億人の人類。探検家リチャード・バートンは、その中でただ一人再生処置中に目を覚ましたことをきっかけに、人類復活の秘密を知ろうとするのです。

 探検家・軍人・外交官・人類学者にして翻訳家リチャード・フランシス・バートンは、一八九〇年に死去しました。しかしその後、彼はある場所で息を吹き返します。
 そこは支えるものが何もない空中で、二十五歳程に若返った彼の体は裸で丸坊主のまま、串刺しのチキンのごとくゆっくりと回転していたのです。バートンの上下左右には、同様の状態にある無数の男女が浮いており、中には未だ完成していない肉体も含まれていました。そして、バートンを除いて誰一人目覚めてはいません。
 最初の恐慌状態から落ち着きを取り戻したバートンは、ここが何なのか、自分はどうしてここにいるのかを知ろうと考えます。体のそばにあった、ずっと上から下まで際限もなく伸びている棒にバートンが取り付くと、それが何かのバランスを崩してしまったのか、彼と同じ列に浮いていた人々が落下し始めたのです。
 固唾を飲んで見守るバートンに、空中に浮くカヌーのようなものが近づいてきました。そして、見えない力でバートンの自由を奪うと、怒り狂う彼の気を失わせてしまいます。
 再びバートンが意識を取り戻したとき、そこは見知らぬ大地の上でした。蛇行しつつ流れる大河のほとり、彼同様に事情の分からない無数の男女達と共に。
 紀元前数百万年から、人類が滅びる二〇〇八年までの時代を生きた、五歳以上の人間全てが死から復活したのです。無神論者は死後の世界があったことに驚き、宗教心を持った者はそれが思い描いていたような場所(天国なり極楽浄土なり)ではなかったことに動揺します。
 しかし、バートンはそれが神の御業などではないことを確信することができました。それは何らかの物理的手段によって成し遂げられたものであり、その何者かは全知でも全能でもないことを、ある経緯により復活処置を垣間見たバートンは理解していたのです。
 歴史上のほぼ全人類が一つの惑星に会したリバーワールドの物語が、ここに幕を開けます。

 本書の注目ガジェットは、リバーワールドです。
 リバーワールドは地球に似た環境を持つ惑星で、その地表には名前の通り長大な大河が流れています。昼でも明るい星が見えることから、銀河中心のような星の密集した場所に位置するものと推測されます。
 陸上には人間以外の大型動物は皆無で、老廃物を分解するために用意されたのか虫が若干いるのみです。〈河〉には魚が数百種類棲息しており、中には〈川竜〉と名付けられたクジラ大の巨大なものまで存在します。
 植物は草や樹木・竹といったものが繁茂していますけど、食べられるのはタケノコぐらいのようです。つまり、三百六十億人の人間を養うに足りるだけの食材は存在しません。
 人々が食べる食料は、復活時に皆に与えられる金属製の筒・聖杯を通じて配布されます。〈河〉の岸辺には一定間隔を置いてキノコ型の聖杯石が配置されており、その穴に聖杯をセットしておくと食べ物が定期的に補給されるわけです。
 聖杯を通じて配られるものは食べ物の他、タバコ、幻覚作用のあるチーインガム、電気的なライター等があります。また、聖杯は所有者のみが蓋を開けることができるため、他人のものを奪っても使うことはできません。
 と、人工的に作り出された平和で平等な環境のようにも思われますが、リバーワールドではその後奴隷制度や戦争がはびこることになります。食べ物に困らないのだから仲良く暮らせば良さそうなものですけれど、それが人間というものかもしれません(^^;)

 リバーワールドは歴史上の人物全員が同一場所に復活するという希有壮大な舞台ですから、登場人物にも多数の有名人が出てきます。
 主人公リチャード・バートンは十九世紀の探検家で、ナイル川源流の探索やタンガニーカ湖の発見(現地の人は知っていたでしょうから、西洋から見て)、『アラビアン・ナイト』の翻訳者として知られる方です。バイタリティに溢れる男性ですが、いささか独断専行的な部分も見られるようです。
 バートンが愛するようになるヒロインのハーグリーブズ夫人も、この巻では明示されませんが、ある意味非常に有名な方ですね。
 また、物語中盤から登場するヘルマン・ゲーリングは、ナチにおいてヒトラーに継ぐ実力者だった男です。(本作中ではかなり悲惨な目に遭うことになります)
 他にも、ネアンデルタール人のカズや、二十一世紀にくじら座タウ星からやってきた異星人モナト・グルラウトゥトといった特殊な位置付けの人達もいます。
 更に、二十~二十一世紀のアメリカ人ピーター・J・フリギットは、イニシャルの一致から考えてフィリップ・ホセ・ファーマー氏その人がモチーフとなっているようです。小説コンテスト受賞の賞金を持ち逃げした詐欺師(この小説こそが〈リバーワールド〉の原型)に対する積年の恨みをリバーワールドで晴らすシーンがあり、小説家ならではの復讐方法と言えるかもしれませんね(^^;)

この記事へのコメント

  • nyam

    でましたね、奇想SFの傑作、リバーワールド!
    全巻読んだはずが???あまり覚えていませんね。

    死後の世界(?)を扱ったにしては活気がありすぎです。イエヤスさんもでてます!

    2008年08月02日 17:57
  • Manuke

    一部、不満に感じる部分もあるにはあるんですが、やはり傑作ではありますよね。リバーワールドは。

    > 死後の世界(?)を扱ったにしては活気がありすぎです。イエヤスさんもでてます!

    少なからぬ人間が高齢で亡くなっているはずので、もうちょっと落ち着きがあっても良さそうなものですが……(^^;)
    あと、日本人の登場人物が多いのも、何気に嬉しいところですねー。
    2008年08月03日 00:02
  • nyam

     有名人は死後の世界ではアドバンテージがありますよね。家康なんかは江戸時代の死者にとっては神君なんですから信用絶大でしょう。

    >日本人の登場人物が多い
     こういう本を読むと外国人は意外に日本のことをよく知っていて驚くことがあります。
    2008年08月03日 08:29
  • Manuke

    逆に、後の世代で神格化された人間も、実物を見たら幻滅、ということも起こり得そう(^^;)
    生まれ変わった後の世界が教えと異なることも併せて、宗教的指導者は肩身が狭いかもです。
    2008年08月03日 23:32
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