タイムスケープ

[題名]:タイムスケープ
[作者]:グレゴリイ・ベンフォード


 本作はリアリティのある科学者達の描写をメインに据えた、二つの時代が交差する時間SFです。
 ベンフォード氏は物理学者ですから、時間を扱う部分の描写も説得力があり、読み応えも十分です。扱われる時間は一九九八年と一九六二~三年(本書の執筆は一九八〇年ですから、ちょうどその中間になります)で、いずれも二十世紀となりますが、世界情勢はかなり異なっています。一九六三年は科学が礼賛される時代、そして一九九八年は逆に科学が目の敵にされる時代です。
 もっとも、お話の力点はSF的要素よりもむしろ、人間としての科学者達を描く方に置かれている印象ですね。SFでしばしばありがちな、誇張された才能や性格を持つマッドサイエンティストではなく、あくまでごく普通の、打算的だったり悩みを抱えていたりする等身大の人々です。
 様々な問題で世界全体が困窮する一九九八年、レンフリュー達はタキオンを使って過去にメッセージが送れることを発見します。現在の状況を改善するため、彼等は一九六三年へ向けて問題の対策方法を送信しようと試みるのですが……。

 一九九八年、世界は数々の困難に直面し、人々は苦しんでいました。
 人口増大に伴う食料危機、エネルギーの枯渇、高齢化といった諸問題が社会を疲弊させ、活力を失わせていました。それに加え、大規模な公害が追い討ちをかけるがごとく発生し始めていたのです。
 科学への信頼は地に墜ち、それとともに研究に回される予算も削られてしまいます。実用性を詠う研究ばかりが注目され、基礎的・理論的な分野の研究は中断を余儀なくされてしまう状態でした。
 そうした中、イギリスのケンブリッジにおいて素粒子タキオンの研究を続ける物理学者ジョン・レンフリューは、予算を獲得すべくタキオンの現実的用途を探すうちに、ある重大な発見を成し遂げます。超光速粒子タキオンを使えば、現在から過去に向けて通信が可能かもしれない、と。
 この成果は世界評議会委員イーアン・ピータースンの目に留まることになりました。ピータースンはアメリカからプラズマ物理学者グレゴリー・マーカムを呼び寄せ、そのアイディアを実用化することを彼等に命じます。
 一方、一九六二年秋のアメリカ・カリフォルニア大学ラホイヤ分校では、奇妙なことが起きていました。助教授ゴードン・バーンスタインが大学院生に行わせていた核磁気共鳴実験で、普通ではあり得ない雑音が検出されたのです。その雑音は規則的なスパイク波形でできており、まるでモールス符号に見えました。実際に解読を行ってみると、それは何かしら意味ありげな文章になります。
 もちろん、そんな馬鹿げたことが受け入れられるはずもなく、主要研究者のアイザック・レイキンはゴードンに対し、その雑音が何か新しい自然現象だということにしてしまえと命じます。しかし、ゴードンには雑音がどこかからの通信に違いないという思いを捨てることができません。
 その『雑音』こそは、レンフリュー達が過去へ向けて送信した、海洋を汚染する公害に対する警告メッセージでした。果たしてゴードンはそれを解読することができるのでしょうか。そして一九九八年の世界の運命は……。

 本作の注目ガジェットは、超光速粒子タキオンと先進波です。
 光よりも速く飛ぶ粒子タキオン("tachyon")は、しばしば説明無用の便利アイテムとしてSF作品(特にスペースオペラ)で使用されるガジェットですが(^^;)、そもそもの由来は特殊相対性理論から導き出されたものです。
 私達の身の回りにある通常物質ターディオン("tardyon")は正の静止質量を持ち、光より速く飛ぶことはできません。また、光子や重力子のようなルクソン("luxon")は静止質量がゼロで、常に光速度で動きます。
 これに対し、タキオンは静止質量が虚数という奇妙な存在で、ターディオンとは逆に光の速度以下で動くことができません。エネルギーを失うほどに速度は上昇し、エネルギーがゼロのとき速度は無限大となります。
 超光速通信にうってつけのもののように見えますが、残念なことにターディオンとは互いに干渉しないと考えられており、利用はおろか存在を確認することすら不可能のようです。
 一方、先進波("advanced wave")はマックスウェルの電磁方程式から導かれるもので、通常の波(遅延波:"retarded wave")が一点から放射状に広がるのとは逆に、周囲から中心へ向けて収束するという不思議な波です。数学的な解としてはあり得るのですが、物理的にそんな現象は目撃されないため、あくまで数式上のものと考えられています。
 作中では、タキオンによって引き起こされ時間を逆行する先進波を使い、過去へ通信を届けようと試みます。本来ならば過去の時代に受信機はありませんが、核磁気共鳴実験を邪魔する雑音にモールス符号を乗せることで、通信の存在を気付かせようという訳です。
 どうやってタキオンを生み出すか等に関してはおざなりな説明しかありませんけど(笑)、全体としては良くできた設定ですね。ベンフォード氏は実際にタキオンを研究されたこともあるそうなので、その経験が活かされているのかもしれません。

 先に触れた通り、物語の主軸は人としての科学者を描くことにあり、人間ドラマの色彩が強く現れています。
 レンフリューは優秀で真面目な科学者ですが人間的には面白みのない男性である一方、ピータースンは女性と見れば見境なしの女ったらし、かつ他人を道具としか考えないタイプの人物と、対照的なキャラクタです。また、ゴードンは恋人のボーイフレンドに嫉妬したり、上司のレイキンと衝突したりと、様々な葛藤に直面します。
 登場人物達の織り成す人間模様がじっくりと描かれますので、個人的には少々退屈に感じられる部分もありました(^^;) ただ、この側面は作品全体の説得力向上に大きく寄与している点でもあります。ありがちなステレオタイプではなく人間らしい平凡な登場人物達であるために、日常と非日常がシームレスに繋がっているわけです。
 また、だからこそ物語後半のカタストロフや、時間の構造に対する示唆、そしてそれぞれの時代におけるエピローグが鮮やかに際立っているのも見逃せません。人間を描いた普遍的小説の形を取りながらも、同時に本書は骨太のハードSFでもあるのです。

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