毒ガス帯

[題名]:毒ガス帯
[作者]:アーサー・コナン・ドイル


 本書は推理小説界の巨匠コナン・ドイル氏によるSF作品、〈チャレンジャー教授シリーズ〉に属する作品を集めた短編集です。
 チャレンジャー教授("Professor Challenger")は恐竜SFの傑作『失われた世界』の登場人物で、明晰な頭脳を持ち尊大で傲慢、喧嘩っ早いながらも魅力あるキャラクタですね。無闇に攻撃的ですぐに暴力を振るうという困った老人なのですが、どこか子供っぽくユーモラスな部分がなんとも憎めない印象です。
 聞くところによると、コナン・ドイル氏本人はシャーロック・ホームズよりもチャレンジャー教授の方を好まれたとか。その心境は不明ですが、格好良い名探偵という枠組みを壊し辛いホームズより、お茶目なチャレンジャー教授の方がいじり甲斐があると言えるかもしれません。実際、本書の収録作品はかなりノリノリな印象を受けますし(^^;)

◎毒ガス帯

 恒星光のスペクトル中にあるフラウンホーファー線、それは元素の存在を示す天文学上の重要な手がかりです。
 ところがある時期を境に、恒星や惑星からの光中に存在するフラウンホーファー線にくもりが生ずるという不思議な事態が発生します。天文学者達はこれに対して色々と議論しますが、あまり重要なことだとは考えていませんでした。
 そんな中、一人チャレンジャー教授は怪気炎を上げ、「地球上の全人類の恒久的福祉を巻き込むほどの重要性を持つものだ」と発言します。そして、これを理解しない人間は想像力の欠けた阿呆だとこき下ろしました(^^;)
 かつて南米への探検旅行(『失われた世界』参照)で苦楽を共にした新聞記者マローン、解剖学者サマリー教授、そして探検家ジョン・ロクストン卿は、チャレンジャー教授から酸素ボンベを持参して集まるようにとの手紙を受け取りました。不可解に思いながら(特にサマリー教授は盛大に文句をつけながら)三人はその指示に従い、汽車でロザーフィールドへ向かいます。
 彼等が到着すると、迎え入れたチャレンジャー教授は訳を説明しました。曰く、地球は有毒のエーテル領域に突入しつつあり、程なく全人類は死滅するのだと。酸素ボンベでごく短期間ではあるものの死を先延ばしでき、滅びゆく世界を自分達は目にすることになるのだと。
 そして、チャレンジャー教授の言葉通りそれが始まります――静かで穏やかな、滅亡の時が。

◎地球の悲鳴

 マローンの友人である堀抜き井戸専門家、ピアレス・ジョーンズ視点のお話です。
 ジョーンズはある日、偏屈で名高いチャレンジャー教授から居丈高な手紙を受け取ります。教授はある調査のために堀抜き機を必要としており、たまたまマローンの友人だったジョーンズに白羽の矢を立てたと言うのです。
 チャレンジャー教授の良くない噂を色々と耳にしているジョーンズでしたが、マローンの勧めもあって教授の下を訪れてみることにします。すると教授は、とんでもない調査計画の一端を彼に打ち明けました。
 チャレンジャー教授の見解によると、地球はウニのような一個の生物であり、人間はその外皮に付着した菌に過ぎないとのことでした。そして教授は、長さ十数キロメートルに及ぶ巨大な縦穴を堀り、地球の気を引くためにドリルで一撃を加えようと考えていたのです。

◎分解機

 マローンは『ギャゼット』誌編集長のマッカードルからの手紙を携え、チャレンジャー教授宅を訪問しました。教授は間違い電話のせいで怒り心頭に発している最中でしたが(沸点低すぎです(^^;))、マローンはなんとかそれをなだめ、話を聞いてもらうところまでこぎ着けます。
 マッカードルの要望は、驚嘆すべき発明をしたと主張するテオドール・ネモールなる人物の真偽を確かめて欲しいというものでした。ネモールはどんなものでも分子や原子に分解し、そして逆に元の状態へ戻すことができる機械を作り出したというのです。チャレンジャー教授は、間違い電話のせいで暇になったからとその依頼を受けることにします。
 そしてネモールのアパートへ出向いた二人は、そこで驚くべきものを目にすることになるのです。

 表題作である中編『毒ガス帯』は、人類の寄って立つ所である地球が決して盤石なものではないということを再認識させてくれる、良質のポストアポカリプスSFです。SF黄金時代には〈心地よい破滅:"Cosy Catastrophe"〉と呼ばれる同様の小説群が幾人かの作家さんによって執筆されていますが、本作はこれを数十年先取りしたものとも言えるかもしれません。
 作品の傾向としては、SFの父H・G・ウェルズ氏の『宇宙戦争』に通じる部分もありますけど、こちらは侵略者ではなく自然災害が非常に穏やかな形で世界に訪れる点は異なります。戦闘もパニックもなく機能を停止したロンドンの情景は、非常に寂寥感にあふれています。滅亡のきっかけとなるのは「毒のエーテル」ですから現代科学では否定されてしまいますが、物語の価値そのものは失われていません。
 一方、『地球の悲鳴』と『分解機』に関しては、もっと自由奔放に書かれています。特に『分解機』はショートショート的(あるいは童話的)ですね。『地球の悲鳴』ではマッドサイエンティスト的な役割のチャレンジャー教授が、『分解機』では一転して理性派科学者の立場になってしまうのもユーモラスです。:-)

この記事へのコメント

  • むしぱん

    昨年に創元から復刊された『シャーロックホームズの宇宙戦争』では、チャレンジャー教授も全ページの半分くらい登場していて、ホームズより存在感があるかもとも思えるほどで、タイトルも『シャーロックホームズとチャレンジャー教授の宇宙戦争』にしてもよかったのではと思うほどでした。

    Manukeさんも書かれているとおり、チャレンジャー教授は、本短編集『毒ガス帯』の方が『ロストワールド』よりいきいきと書かれていた感があります。『マラコット深海』も『チャレンジャー深海』だったらもっとノリノリだったかもですね(笑)

    それにしても『毒ガス帯』の表題作、ラストの平和的なオチは結構ビックリでした。ドイル氏のヒューマンな人柄によるものでしょうか。でもそういう世界観だということで、続きも安心して読むことができました。
    2017年04月08日 21:19
  • Manuke

    『シャーロックホームズの宇宙戦争』は、昔図書館で借りて読んだ覚えがあります。(内容はうろ覚え(^^;))

    『毒ガス帯』の引きはある意味驚かされます。
    「そこまでいったら、かなり無事ではすまないんじゃ……」というツッコミは野暮でしょうか。:-)
    〈チャレンジャー教授もの〉は教授のキャラクタが際立っているせいか、今読んでも十分に楽しいですね。
    ドイル作品はシャーロック・ホームズも勿論悪くないのですけど、個人的にはチャレンジャー教授の方が生き生きと書かれているように感じられて好きです。
    2017年04月11日 00:53
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